実習が進み、メスを握る手に余裕がみえはじめた頃、私は自分の中に「慣れ」というものが芽生えていることに気付いた。人は、いかなる危機的状況にも、どんなに適応不可能と思われる現実にも、時の流れとともに慣れてゆくことができる恐ろしい生き物である。
死を悼む心を持つ反面、その対極で死にさえも慣れてしまう自分に驚いた。慣れることによって、本来の実習の目的を忘れ、ノルマをこなすことと、早く実習を終わらせることばかり考えていた自分は、「医学を学ぶ学生のために」と献体された方々の有難い御意志に対して、大変申し訳け無いことをしたと思う。
「人の人生は死で終わる」ある本にこう書いてあった。しかし献体された方々は私達医学生の中で、死生観、倫理観、あるいは外科的技術となり、そしてなりよりも膨大な知識となって、その人生を歩み続けている。矛盾した言い方になるが、「死してなお、生きつづける」とは正にこのことではないだろうか。
人生の最期に献体という無償の奉仕をして下さった故人の方々、並びに献体されることに賛同して下さった御遺族の方々へ、心からの敬意と感謝の言葉を述べたいと思います。
本当に有難うございました。