への言いつくせない反省と後悔の気持ちが私の中を駆けめぐった。
いまは、解剖実習を終えて「献体された方々の遺志に従うことができるか」という問いの重さを心の中にしっかりと刻み、解剖した御遺体への心からの感謝と反省の気持ちを胸に医師となるための階段を一歩ずつ昇っていこうと思っている。
解剖学実習を終えて
古川 真希子
解剖学実習第一日目。頭の天辺から足の先まで、言いようのない緊張感が私を包んでいた。御遺体を覆うビニールの袋を開けた瞬間、死は「観念」ではなく鮮かな「映像」となって私の前に現れた。ピクリとも動かない。呼吸もない。刺激を与えても反応がない。そして冷たい。命を失うということがどういうことなのか、私は新ためて実感した。
人間だけでなく、猿や犬も、そして鳥や昆虫でさえも生者と死者を判別する能力を持つ。しかし、死者を悼み、嘆き悲しむのは、高度な知的感情を持つ人間だけである。これは、「センチメンタリズム」などというような簡単な言葉で言い換えられるものではなく、人間が生得的に授かった尊い感性だと思う。
私達医学生が、御遺体に初めてメスを入れた時、罪悪感のようなものを感じたのも、この「死者を悼む心」ゆえなのかもしれない。