う。
以上は、一ヵ月を経た現在、実習の成果を意識的に振り返って考えたことだ。数ヵ月の実習中は膨大な内容に追われ、大変だけど何とかこなそうという気持ちだけで精一杯だった。しかしそれでも献体していただいた方への感謝と親愛感のような気持ちは通奏低音のようにずっと心にあったと思う。私達学生は『解剖させていただいているその人こそが、解剖学の第一の師である』と教えられた。ゆえに立場をわきまえるなら、先生、と呼ぶべきであったのだろう。しかし私は、私達の勉強のために献体してくださった方のことを、『私達の班の伯父さん』と呼んでいた。実習初日、緊張しながらお体を包んでいた布を開き全身とお顔を拝見し、静かな寝顔になぜかほっとして『伯父さんこんにちは、よろしくお願いします』と声を出さずに言ったのがはじまりだった。以来数ヵ月、『伯父さんさようなら。ありがとうございました』と再び声に出さずに言ってお別れした日まで、伯父さんに勉強をさせていただいた。その間折々に、実習で解剖をさせていただくことについて考えた。考えたというよりは、感慨を持ったと言った方が適切かもしれないのだが。
初めて伯父さんとお会いした日、ひどく緊張しながらも私の頭に生前の伯父さんの姿が浮かんだ。私の想像の中で伯父さんは、白いシャツにベージュのズボン、運動靴、といういでたちで、野球帽をかぶった小学生の男の子と一緒に歩いていらした。お孫さんだ、と思った。(年齢を正確に考えれば、伯父さん