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私にはその空間がとても重い空気で充たされているように思えました。なぜなら、そこに横たわっていらっしゃる方々は、少し前には元気に暮らして、私たちと同じように笑ったり泣いたり、喜んだり怒ったりしていた人々だったからです。そのような実物大の御遺体を自分たちが実際に解剖させていただくということが信じられませんでした。そのような重大なことを行う自分たちは、献体してくださった方々の期待に十分に応えるべく努力することをおのずと心に誓うと同時に、自分たちに課された大きな責任を感じざるを得ない気持ちでいっぱいになりました。私は台に横たわっていらっしゃる、献体してくださった方々と、それらの方々の精神が非常に荘厳に思え、本当のところ失礼ながらこわいとさえ思いました。そして自分が「人間を解剖する」ということ自体をこわいと感じました。ビニールシートをめくって御顔を拝見する時も、その下にいらっしゃるのがどうか人間ではありませんようにと願ったりもしました。そのときの私は、人間の解剖という大きなことを自分にはできないと思ったのです。

ビニールシートの下には、肝臓がんでなくなったというおばあさんがいらっしゃいました。その御顔の様子から、最期までとても苦しまれたんだということがわかり、胸が痛みました。その後、どんな様子でその日の実習を行ったか、私はあまりにも気が動転していたために、はっきりとは覚えていません。

その夜、私は夢を見ました。その夢には、その日御対面したおばあさんがでていらっし

 

 

 

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