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を私は本を通して知っていました。その人々が多くの人の命だけでなく魂をも生かしたということから、とても深い意味を持つ言葉だと思っています。私は、献体を決意した方々もまた一粒の麦だと受けとめていました。実習が始まって、抵抗感が大きすぎて私が大事だと思っていた言葉は、私の中で空虚なものにかわってしまいました。私は人の死について考えたことはありましたが、感じたことがなかったためでしょうか。奇麗事だけではない現実をつきつけられた、そんな気持ちでした。

実習は、大変な作業で、予習をしても課題が時間内にうまくこなせないこともしばしばありました。実習をすべて終えた今になってようやく、人の体を感情ぬきで、一つの機関としてみる。学問の対象(科学的)としてみる姿勢への足がかりを得たように思います。解剖の実習は、とても大きなものを投げかけてきました。『死』や『人が存在しているとはどういうことか』といった問いをどのように受けとめていったらよいのかも、分からないでいます。考えていたつもりが、私に受け皿がないことだけがよく分かりました。一粒の麦という言葉の意味が真に理解出来るようになるのは、私が医師として働くようになったずっと後かもしれません。

私の前に朝日新聞があって、ある記事に目がとまりました。ある老婦人が神戸で被災し、横浜に移り住んでいます。自分を受け入れてくれた市に感謝し献体を申し込んだそうです。『地震は、私の大事なものをどんどん

 

 

 

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