ると肉体的にも精神的にもくたくたの日々が続いていた。しかし、腋窩の解剖をしている時に、その複雑でしかも精密な構造に驚くと同時にある種の感動を覚え、それまでとらわれていた戸惑いから開放されたような気がした。そしてその時、初めて私は御遺体のお顔にきちんと向き合うことが出来たのだった。大変柔和なそのお顔は、私の解剖に対する決意のみならず、医学を志す者としての決意をも新たなものにして下さった。その後、実習が全て終了するまで、何度となくお顔を見つめてはその決意を再確認し、その度に「しっかり学びなさい。」と励まして下さっているような気がして、辛い時も頑張ることが出来た。あの優しいお顔を、私はきっとずっと忘れないだろう。実習期間中は、人体の複雑さ、精密さ、力強さに何度も何度も驚き、また感動した。肺を取り出し、大動脈が出てきた時は、あまりの太さに声も出ない程だったし、耳小骨があんなに小さいのに全てのヒトに一定の形態で存在するということには、生命の不思議を思わずにはいられなかった。どんな細い神経も、どんなに複雑な神経叢も、個人差があるとは言え、あらゆるヒトの中で同じように発生し、骨も筋肉も脈管も臓器も、同じようにつくられるというのは、一体どういうことなのだろう。そして人体は、生きていくために何と上手く出来ててるんだろう。人間には計り知れない何か大きなもの、神秘的なものがあるような気がした。そして、一人の人間が存在するということは、ただそれだけで何と