いたことです。解剖実習にもだいぶ慣れ、中だるみにさしかかってきた頃、歯科衛生士学校の生徒さんが見学にやって来ました。その時のご遺体の状態はかなり解剖が進んでおり、人という形を成していなかった様に思えます。ほとんどの生徒さんが、どこが何だかも分からずといった感じでした。ところが、ある生徒さんが、隅の方で椅子に座って泣いていたのです。それを見た時、私は改めて人間を解剖していることに気付き、また、解剖実習が始まる前では、不安と戦いながらも、そんなこと言ってられないと自分の気持ちを押さえつけていた自分が、ふと昔に戻った様な、何とも不思議な気持ちになったのです。思いやりとか真のやさしさなどを感じることが鈍っていたのは確かです。何だか自分が変わってしまったような気がして恐ろしくもあり、逆に、この様に気付けたことに安堵を感じてもいました。しばらくその生徒を見つめながら呆然としてしまいました。基礎教育部の頃、先生が「今後、専門課程に進んでいっても、今の自分を忘れないでいて欲しい。」とおっしゃっていたのを思い出しました。あの時、先生がおっしゃっていたのはこういうことなんだなあと初めて理解できました。将来の私達は人間を相手に仕事をしていきます。歯科治療に関する知識が豊富で、技術が優れていることにこしたことはありません。しかし、何より大切なのは、人間として人間と接する心や思いやりを常に持ち続けていることだと思うのです。この解剖実習を通して、歯科医師としてはもちろん、人間として