その後も春子さんは会うことを重ねましたが,子どもからは,「どうして一緒に住まないの。ぼくの面倒をちゃんとみてよ。3人で住むなら転校してもいい」などとせがまれるものの,夫の態度は相変わらずかたくなで,子どもになにもしてやれないのがつらいという訴えが続きました。相談担当者はあせらずに時間をかけて解決しましょうと助言しました。
やがて,夫も母子二人だけで会うことを許すようになり,子どもを渡してもよいと言い出しました。
夫は,慣れない子どもの世話で仕事に集中できず,子どもが,自分には話さない母の話を学童保育の先生には話していることを聞き、子どもなりに我慢していることが分かったからだと言っていたそうです。
春子さん夫婦は,結論的には離婚ということになりましたが,春子さんは,「離婚しても父親は父親であり,母親は母親なのだということを子どもに教えられました」としみじみ語ってくれました。
ケース2
あんな奴でも,ぼくの親
夏子さんには夫との間に13歳の長男,12歳の長女,7歳の二女の3人の子がいますが,夫の度重なる暴力に耐え切れず、1箇月前から実家に身を寄せています。
これまで何度も離婚を考えた夏子さんは,今度こそは夫のもとには戻るまいと決心し,家庭裁判所に離婚と子どもの引き取りを求めて調停を申立てました。しかし,夫のもとに置いてきた子どもたちのことが心配になって,相談室を訪れました。
夏子さんは,アルバイト先の運送会社で夫と知り合って,結婚。長男と長女がつぎつぎに生まれました。夫は育児に追われる夏子さんに協力してくれないばかりか,虫の居どころが悪いと子どもの泣き声が「うるさい」と腹を立てては,わが子を折檻したとのこと。夏子さんが咎めると,夏子さんが失神するほどの暴力が返ってきたと言います。そのような中でも,長女は心臓病の持病にもかかわらず一所懸命家事を手伝ってくれています。一方,二女のほうは最近になって顔面をピクピクさせるなどして落ち着かす,保健室の先生から情緒不安定になっていると言われてしまいました。
今回は,長男から無視されたことに激怒した夫が、怒りのほこ先を夏子さんに向けたための暴力でした。相談室での夏子さんは,夫への恐怖感に身を震わせながら,子どもたちの身を案じる心境を訴えるとともに,子捨てをしたとの自責の念をも吐露しました。
相談担当者は,子どもたちの気持ちを見失いそうで悩む夏子さんに対して,子にとっては,どちらか一方の親を選ぶことがとても難しいこと,特に,幼い子どもの場合は,両親に仲よくなってほしいと思い続けるあまり,様々な身体症状が出やすいことを伝えました。
調停が始まってまもなく,長男が夏子さんの所に家出してきました。しかし,驚きかつ,喜ぶ夏子さんの胸には,長男の発した「あんな奴でも,僕の親なんだヨ」との言葉が深く突き刺さりました。
長男の家出後,夏子さんは調停で会う夫が変わったように思いました。そして何よりも自分が変わったことに気がつきました。二人とも,これまでの争いの中では映らなかった《子どもの願い》からの影響を,お互いの中にみたのでした。調停は仲直りの方向で展開。「父母は父母」として受け入れるしかない,子どものみごとな「技あり」でした。