本来、悪影響を防ぐために予防的措置が重要であるのはエコツーリズムに限ったことではない。ある地域に観光客が訪れるようになれば経済的・環境的・社会文化的に何らかの変化が起きるのは不可避であると言える。ところがマス・ツーリズムの波に乗って急拡大する観光需要を獲得することを目的としてなされた観光開発では、短期的な展望が優先され無秩序であり無計画である場合が少なからずあった。観光がもたらす経済効果を最優先し、環境的・社会文化的な影響への対策はそれらが明らかになってから、予定された開発の大部分が既に行われた後に採られる場合が多く見られた。しかし、それよりも問題が起きないような事前の取り組みが大切であるということは、マス・ツーリズムの拡大に伴ってなされてきたほぼ半世紀に及ぶ観光開発から得た教訓である。その点、マス・ツーリズムの結果の反省から生じたエコツーリズムの場合、当初からの計画策定と管理のシステムの存在が成立のカギを握る。このような特徴を持つエコツーリズムは、これからの観光のあり方を考える上で重要な方向を示唆していると言えよう。
3. 限界
ここまで本論文においては、エコツーリズムとは自然環境を破壊しないように計画策定と管理とがなされている自然地域で行われる持続可能な観光形態である、との説明がなされてきた。これだけをとってみれば、エコツーリズムは観光と自然環境との関係を考える上で理想的な観光形態のように見える。もし、これが実際に世界中の観光地において実現されれば、観光が自然環境に及ぼす影響は最小限になると思われる。このような論調はエコツーリズムの推進を目指す人々の間でしばしば見られるが、エコツーリズムをそのように単純に語ることはことはできない。なぜなら、エコツーリズムは前節で述べた目的と条件とを持つために、現代の観光形態としての限界を同時に内包しているからである。
その限界とは、エコツーリズムを導入した観光地だけでは世界的に拡大を続けている現在および将来の観光需要に量的に対処することができない、ということである。観光需要の規模の巨大さについては序章の冒頭で示した数値を参照すれば理解できる。エコツーリズムという観光形態だけでは、そのすべての受け皿になることは到底できないのである。
その理由としては、次の三点が挙げられる。
第一に、エコツーリズムの目的地として成立するほど魅力ある自然資源が存在する地域の数は世界的に見てもそれほど多くない。投資に見合う程度の需要が見込めなければ当然観光地として開発することはできないが、それだけの価値のある自然資源の数は限られている注33。第二に、ある自然地域にエコツーリズムを導入するための必要条件となる計画策定と管理のシステムを