私達の劇場はあくまでも、プロダクションとクリエーション、つまり「作品の劇場だ」と定義をしています。
Q2●オペラシアターこんにゃく座でオペラの制作をやっている者です。今のオペラの状況というものは、大学という拠点を中心に、先程おっしゃった「象牙の塔」のようなところにあぐらをかいている、非常に開かれていないものになっていると思っています。
ところで、今日のセミナーのこのチラシには、『しあわせな日々』の制作プロセスを中心にと書いてありまして、そういう芸術的な事をお聞きできるのかなと思って来ました。そして、芝居とお金とは切っても切れないことですので、経済的なことについても聞きたいなと思っておりましたら、いきなり核心に入ってしまいましたのでちょっとびっくりしました。というわけで、もしできましたら、『しあわせな日々』の制作のコンセプト、どのような成り立ちであのような芝居ができあがったのかというようなことをお聞きできれば、と思います。
ゴンザレス●オペラのことにまず一言ふれますと、日本とヨーロッパではオペラの状況はもちろん違っています。私はオペラについてもよく知っていますよ。ただ、ご質問はそのオペラのことではありませんので、「しあわせな日々」の制作のプロセスを簡単に説明します。まず、「しあわせな日々」の話に入る前に、制作のやり方にはいろいろあるということを、まず前置きとして申し上げておきます。一つの劇場だけで予算を全て負担する場合と、複数の劇場が集まって共同製作をする場合があります。
この辺のことはよくご存じでしょうけれども、共同製作をする場合でも、それぞれの劇場が直接に資金を負担する場合と、ある部分、例えば、この劇場には装置制作のアトリエがあるから装置を作ってあげるといった形での共同製作というのもあります。共同製作の組み方は非常に柔軟なものであって、助け合うための形はいろいろあります。目的は、コストを多くで分割して、それぞれの負担を小さくすることです。
「しあわせな日々」の話に入りましょう。我々はだいたい1シーズンで20から25の作品を上演しています。そのうち10作品以上が新作です。それらの作品は、予算の規模も性格もそれぞれ異なっています。私達の劇場には、大ホールと小ホールがあります。小ホールの舞台は、9メートル×9メートルで、そこで『しあわせな日々』が作られました。また、同様にテントも持っていて、そこは空間的に違ってきます。こうした3種類の空間があるので、それぞれで作られる作品も変わってくるわけです。予算もそれぞれ変わってきます。出演者が一人、二人、三人程度の作品から、もっと多いものまであります。
今回の『しあわせな日々』は、私達の自己資本だけで作りました この自己資本とは何か、という説明をすると、経営の細かい話の中に迷い込んでしまいますけれども、私達の持っている自己資本の中の一部は助成金ですそれからそれ以外の部分ですが、私達は、いつもいろいろな形で、自分で資金を探そうとしているのです。
共同製作からもたらされる資金、それから海外公演からもたらされる資金、チケットの興行収入もあれば、バーの売上げもあります。バーの売上げがわずかであるとはいっても、そのわずかなお金も資金の中では重要になってきます。
ピーター・フルックにこの「しあわせな日々」の創作の提案をした時には、自己資金だけでこの製作がまかなえることになりました。稽古もローザンヌで行われましたし、装置も私達の劇場の装置待制作アトリエで作られました。私は自給自足制を信じています。……ここで、エリックさんの方から、『しあわせな日々』に、実はロッケンハウゼンのフェスティバルが共同製作で入っていたと指摘されました。
このフェスティバルとは数年前から、定期的に一緒に仕事をしています。さっき台所で自炊をすべきであるという話をしましたけれど、衣裳も装置も全て自分のところでまかなえれば、芸術的にも経済的にも大きな利点になります。こうやって、ローザンヌで『しあわせな日々』の稽古が始まり、装置が制作され、そして私達のこの子供が生まれて、この子供が長い旅に出ることになりました。そしてその長い旅のおかげで、資本の一部を新たに投入してくれることになったのです。創作されてから2年半、「しあわせな日々」は海外公演を続けて、そこからあがってきた収益が、また我々の自己資本として、別の創作に投入されることになります。私達の劇場では、常勤のスタッフは全て給与を貰っており、民間企業とは違って興行収入を自分達で分け合うといったことに関心はありません。
ですから売上高が上がれば、その分、次の作品に投資ができるわけです。こういう風にしてバランスをとっていきます。リスクが多い作品もあれば、収益をもたらす作品もある。質が認められ、収益をあげた作品があれば、その利益を他の作品に再投入する、そういう活動をしています。経営に関して二つか三つ、簡単に付け加えたいと思います。私達の劇場はあくまでも、プロダクションとクリエーション、つまり「作品」の劇場だと定義をしています。他で創作された作品を受け入れる政策を強く打ち出している劇場ももちろんありますが、私達は作品を作ることを一番重要視しています。
私達はクリエーションと情熱的に関わっているのです。そうやって作った作品を外に巡業に出して、そこから得た資金で、次に新しいクリエーションを行うのです。それから、助成を受けていますから、助成金にともなって、私達は低料金の作品を提供しています。フランスには「アボンヌマン」(定期申込み)といわれている制度があります。それは、会員になり1年間に10回劇場に行くとか、年間を通じてチケットを買うなどのシステムですが、それは私達は採用していません。
アボンヌマンのシステムをとると、観客層を固定してしまうことになりますし、観客の側にしても「来年の4月2日の午後9時に自分が何かしたいか」などと今から予測がつかないでしょう。ですからその代わりに、―種の賛助会員制度を作っています。これは、年間を通じて賛助会長カードを買うシステムで、カードは高くはなく、80スイスフランです。そのカードを持っていれば、シーズン中何度でも劇場に来ることができて、 1回の入場料金が12スイスフランです。…エリックさんから今、その制度は他の二つの劇場と組んでやっている制度だ、という補足がありました。チケット収入は1回がわずか12フランですから、たいした収入ではないと思われるかもしれません。しかし昨年度、低予算とはいえ、総動員数が9万人でしたので、チケット収入が全予算の10%を占めるようになりました。これはかなり大きな数字です。