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ばしたその手は何を目指していたのか。近くにあるピストルを取ろうとしているのか、それならなんのために取ろうとしているのか。あるいは、ウィニーに触ろうとしているのか。ペランさんは、あるいはピーター・ブルックは、どっちだと解釈しているんでしょうか。

ペラン●ピーター・ブルックからは、それについて私に指示はありませんでした。ベケットの脚本自体にも何を目指しているのかということは書かれていません。ただ、ブルックはある日こう言いました。「ウィリーの手の先がピストルとウィニーの顔と同じ距離になければならない。丁度真ん中にあるように幾何学的にならなければならない」と言っていました。これが答えの一つにもなっているのではないでしょうか。それから、今の質問に対する答えは観た人がそれぞれピストルなのか、顔なのか、違う答えを恐らく出されるのではないでしょうか。私自身がどう考えているのかということは申し上げたくはありません。それでもって毎日私は自分の演技を豊かにしているからです。ただ、このシーンは、二人の間にとても強い何かがある瞬間であって、私が向ける視線がほんの少しでもズレているとナターシャが当惑するのを感じます。つまりウィリーの視線の方向もはっきりと正確でなければなりません。舞台の上で、これほど正確さが要求される場面を今まで演じたことがほとんどなかったほど難しい場面です。つまり、私の手の方向それから体の位置、また私の視線の方向そして俳優としてお互いが持っているエネルギー全てが厳密で絶対的に正確でないとこれは上手くいかない場面だからです。そしてこの場面の解釈については、観客の方一人一人が、それぞれの実人生を考えて出していらっしゃるのではないでしょうか。その答えによって私達の演技が豊かになり培われています。その答えは私達の演技であり、また私達の生き方、人生が答えになっているのではないでしょうか。

高橋●愚問でした。撤回します。

ナターシャ●ただ、ピストルの話はとても重要なことだと思います。このピストルが話題になる時、最初「このピストルは大切な友達」というふうに言います。それから、ウィニーがウィリーに対して「私がこのピストルを使って、自分の苦しみを終わらせてしまう前に、このピストルをどこかに持っていってちょうだい」という台詞があります。実人生の中で新聞を読むと、よく老夫婦が二人で心中するというような事件が起こっています。そしてこの作品の中でも、このピストルの中には弾丸が二人分残っているというようなことを言います。「最後のいくつかの弾丸が残っている」と言います。

ペラン●確かに数がいくつかというのは言っていないけれど、それがまだ2発残っていると考えてもおかしくない。このピストルには名前があって、実は3人目の登場人物になっているブラウエーという名前が付いています。そうなってくると、例えば三位一体であるとか、あるいは二人の間に出来た子供、両親と子供という関係を考えることも出来るし、このピストルの象徴的な意味についてはたくさんの解釈が出来ます。学生さんが、論文を書かれる時にいいテーマになると思います(笑)。しかし、ベケットは鍵を与えたくなかった。解釈の鍵を与えたくなかったし、与えていないと思うんです。さっきナターシャが言ったように、それはベケットの生き方、人生であるからです。ですから、鍵はないし、この問題についての答え、解決策はないし、恐らく意味もないのでしょう。もう一つのベケットの作品、『勝負の終わり』の中で、一人の下僕が自分の主人に対して質問をします。その主人の方は、目が見えなくて体も不自由で椅子に座ったきりなのですけれども、下僕が主人に対して「私達は今、一体何を意味しよう

 

 

 

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