年、いまだにナターシャはまるで土を堀りおこす農民のようにこの作品の台詞の一つ一つを堀り下げることを続けています。実際に稽古に入ってからはごく普通のプロセスを辿っています。稽古に入り、そして装置の制作が始まります。この装置ですけれども、見かけよりも実際はずっと複雑なもので、何度もトライしてみてテストして、ある一つの形をやめて現在の形に落ちつくまで本当に大仕事でした。それから稽古が幸福感の中に進んで、そして作品が出来上がりました。これはエピソードではなく、象徴的なことだと思うのでご紹介いたしますが、実は、この作品の照明を、最初、ある照明家に頼みました。その人は本当にやる気があったから、意欲があったから早く仕事をしてくれました。こうして、当初の照明のシステムが決まりました。私達もそれが良いと思ったのでそのシステムを買い上げました。ところが、ピーター・ブルックがやってきて照明を見た時に「あ、これはダメだ」と言いました。これはとても重要な教訓でした。
つまり、全ての細部に対してブルックは心を配っているということです。ベケッ卜も細部詳細にまで本当に関心を示している作家でした。ピーター・ブルックは全作品において、このようにディテールまで完全に管理をしています。ブルックだけではなく、世界的に知られているような偉大な演出家は皆ディテールの細部を考える病に取り憑かれているんです。しかし私は、このようにディテールに至るまで、全てがコントロール出来るようになって初めて自由が生まれてくるのだと思います。もう一つ自由を生み出す重要な要素、それは悪いアイディアを排除する勇気を持つということです。あるアイディアが悪いと思った時、それをやめるというのは経営者として、アドミニストレーション側として準備をそこまでしてきた人にとっては心が痛むことです。しかし、どんなに心が痛んでもそのアイディアが悪ければ、それを取り除くことをしなければならない。そうして本質に向かわなければならないのです。ですから、この照明の話は私にとってもまた一つの教訓となりました。これは生きることについても通用する教訓だと思います。
奇跡は存在せず、そこにあるのは人間がやる仕事と、そして沢山の愛だ
佐藤●この作品でいろいろな劇場を旅してらっしゃると思います。僕がこの作品で一番打たれたところっていうのは、まず、誰もが思いついて誰もが実行しそうなプロダクションだったことだと思うんです。ピーター・ブルックがベケットを演出して、ナターシャ・パリーさんが演じるっていうのは、誰もがふっと昔考えたことじゃないかなと思われるくらい、自然なものとしてここにあったというのが、僕は一番この企画が優れている点だと思うんです。しかも内容が本当に無駄なものがない、というか、今悪いアイディアを捨てるというグサッとくるようなことを伺ったけど、それと同時に内容の方も、非常に細部を磨き上げて、本当にベケットの細かいところが一つ一つ具体的におこされている芝居だと思うんですけど、この芝居をいろんな所に持っていく時に、一番ゴンザレスさんが大切にされていること、心がけられていることはどういうことなんでしょうか。