村井委員 先ほどから集落とは何かという非常にご論議があったわけですが、私は、この中では唯一歴史的にやっているものですから、考え方がそれにうまくのっからない部分があるかもしれません。歴史的に考えてみましたら、ちょっと余談めいたことになるかもしれませんけれど、風土記をみますと、その内容というのは、よそからやってきてその土地を開く、言ってみれば開発の物語であるといってもいいのですね。別の言い方をすれば、集落はどういうふうにしてできたかという、自然集落の形成説話といってもいいんです。それを、やがて行政側が50戸ごとに一つの里につくった。今日集落の消滅する状況をまのあたりに見て、そんな「風土記」のことが思い出されて仕方がありませんでした。
それから、行政の果たす役割についてです。古い時代だとなんでも自給自足でやっていたのが、現在ではみんな行政に依存している。つまり、過保護になっており、昔だったら全く問題なく生きていけたのが、今はそれができなくなっているのではないか。これは過疎地だけの問題ではないと思うのですが、過疎地対策にも深く関わっていると思いました。
それから、柳谷村の役場で、集落がこれだけ離れているとどういうふうに連絡をするんですかと聞きましたところ、電話や有線放送なんかもあるし、そんなに不便ではないと。先ほど過疎で小さくなった集落を統合するというお話がありましたが、統合する意味がなくなってきているんじゃないか、そういうふうに思えました。つまり、過疎地は過疎地なりに行政としては掌握できるし、仮に統合したとしても同じ条件だったら統合する理由がないわけでしょう。こういうふうな山間部に分散している集落をどう統合するのか、統合先の条件というものをちゃんとしておかなければ、同じことの再生産になってしまいかねないと思うんです。統合ということの意味や効用を問い直す必要があると思います。
そのことに関連して広域化することによって問題解決をはかるというやり方について。この点については、以前とはかなり違っているんじゃないでしょうか。焼き場とか、し尿処理、あるいは消防、医療、福祉など、そういうものを幾つかの町村の範囲で、広域的に処理するようになった。ただし消防とか医療なんかの緊急を要する問題は、それで必ずし