私は皆さんの市町村にもそういう契機は皆さんが動けばたくさんあるんだろうと思います。
先程申しました、棒踊りにしましても、1軒のおうちにありましたたった一巻の絵巻物です。そこから約2年をかけましたが、どうしても踊りと歌い手を入れて30人必要なんです男性が。歌い手が4人、そして6人1組になって四×六24人踊る、そして絵巻物の前と後ろに天狗と烏天狗がいるんです。それで30人。初め村全体でやろうと思いましたが、その絵巻物のあった集落へ行きました。男ばっかりで30人必要なんだと。そしたら公民館からあつまれ一って叫ぶとみんな来るところなんです。集まりました。勘定したら男が18人しかいない。これはダメっ。そしてら65歳以上も集めます。みんな集まりました。勘定したら丁度30人しかいない。一番弱い高校野球のチームみたいなもんですよ。9人しかいない(笑)。1人風邪ひいたらだめっていうことでした。「やるか。」っていったら「やる。」って言うんですね。
それから私は、直ちに東京から鬘屋さんと衣装屋さんを呼びました。全部鬘つけますから、それもそこらへんの猿芝居でやってるようなあんなゴムの鬘じゃなくて本物の鬘をつくりました。一人一人の頭の寸法を図って、もうこれで逃げられないぞ、これで逃げたらお前は詐欺だぞって(笑)一人一人の鬘を作りました。衣装も絵巻物通りに作りました。
今、この村の人がなんて言いますか。「これを踊るのが生き甲斐です。」と言ってます。それは、この人たちの努力です。小学校の体育館で練習しました。夏は、とにかく1メートル60センチの棒を持って踊るんですから、劇場でやりましても、始まって3、4分すると一番後ろまで荒い呼吸の音が直接聞こえてくるような激しい踊りです。ですから、5分も練習しますと、もう体育館中が汗だらけになって、バレーボールの練習みたいにしょっちゅうふいてなきゃいけない。そして、冬は床に裸足で降りただけでも、頭の先までドーンと寒さが突き抜けるような中で練習しました。そしてこの村の人たちは、自分達の手で、江戸時代の農民の祭りと姿を自分たちで獲得しました。努力です。この人たちの努力です。
天草の島へ参りました。そしたら、天草音楽祭ってのをやってました。若い人たちが中心になって。「どうやって資金を調達していますか。」っていったら「あちこち1年間頭を下げて寄付を30万円ぐらいもらってそれでやっています。」「どういうことをやってんの?」っていったら、まあいろんな合唱グループが次々出てきて舞台の上で歌うっていうそれだけのことなんです。
だけど一生懸命やっていたんで、私は、無条件で基金から1千万円出しました。1千万円あげる。あなたたちの音楽を作ってみなさい。びっくりしました。1年間かかって30万円のとこへ無条件で1千万円ですから。最初の1年間何していいかわかりませんでした。みんなで相談して、