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つ非常にエロチックな楽しい場面なんです。2人しか出てこない。そうすると男神、女神が戯れるところだと。すると、波打ち際で、しかも神様でってことになると、どこか波打ち際に、古事記は伊、邪那岐、伊邪那美の少し前からはじまりますが、そういう神様を祀ったところがないかなと、ひょっと思いつきましたのが、淡路島でした。あそこに伊邪那岐だけを祭った神社ってのが日本でただ一つあるんです。そこで神社に電話をかけました。その辺りに「つな」という地名かなんかありませんかと。そしたら「いえ、ここのところが津名っていうんです。」、そこで初めてわかりました。全くのかけなんです。イメージなんです。それで「つなのはは」っていう意味が初めて分かりました。

そういう分析を、村の人たちは殆ど伝承でしか分かっていませんから、誰も親から言われたとおりやっているだけで証明ができないんですね。そういうことを証明することが出来るのも、県内の或いは地域の色々な芸能を知っているはずの文化会館にして初めて出来ることではないかというふうに私は思っています。文化会館でやるべきことは、単に会館を貸すことだけではない。その地域の文化の底辺をしっかりと扱っていく、それが文化会館の仕事ではないかとに思いました。

そしてこの三十三座を、1年半かけて元に戻しました。そして平成2年2月27日、28日、私は世界で初めてだろうと思いますが、文化会館を徹夜で公開しました。大体皆さんの会館もそうでしょうけれども、会館ってのは10時頃には終わってしまうわけです。それを徹夜で公開しました。なんと、日本中から8,000人のお客さんが来ました。6,000人が徹夜しました。私、3,800食、食事を用意しました。これなら一晩もつだろうと。なんと2時に始まって8時には全部無くなってしまいました。

そして、27日の午後2時から始まりまして、徹夜でやりました。三十三座の間5分間ずつ間をおきまして、この5分間私解説を担当しました。延べ2時間45分の解説を担当しました。そして翌日の28日の11時10分前最後の幕が降りました。そしたらどうでしょうか。お客様が全部舞台の上へかけあがってきて、舞いを舞った15人、それから上の衣装はお金で作りましたが、下の襦袢は村の奥さんが手縫いでやりました。そして当日村の奥さんざ全部来ててもらいました。激しい踊りですから、全身ぐっしょり汗になって下りて参ります。それを脱がせて洗って乾燥機で乾かしてまた着せて送りだす。これを村の奥さんたちがやってくれました。私は奥さんたちも全部舞台に出なさいと押し出しました。そしてお客さん達とだれかれの区別無く皆抱き合って感動の涙を流しました。

テレビ番組を作ってまいりました。だけども、番組が終わった後、スタッフが感動のあまり

 

 

 

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