をやろうとするとすぐ自分たちでやらないで、お役所お願いします。県庁お願いします。とすぐお上にたよるんです。これにもびっくりしました。自分で自立しようという気持ちが全く無いんです。自分から何かをしよう、まず自分が努力してみよう。民主主義の基本的な原則は何かというと、要求するまえに努力せよということです。
私はよく例にひくんですが、ゲーテがワイマールの市長になった時の就任の挨拶です。「市民のみなさん、毎朝5分間ずつ自分の家の前を掃除しようではありませんか。そうしたら私たちの町は、私達の国は、どんなに美しくなることでしょうか。」これだけです。あそこの奥さんは毎朝自分のうちの前を掃除している。だけどもあそこの前の道路はデコボコで、あの奥さんに気の毒だからあの前の道路をなおしてあげよう。これが民主主義です。民主主義というのは本来思いやりのある社会体制です。そのためにはまず、奥さんが自分のうちの前を毎朝そうじするという努力が必要なんですね。
ところが今、日本人は掃除も何にもしないでうちの前の道路が悪いからなおせと要求する。
戦前長い抑圧の時代から、戦後世の中が変わって、政府に国民が要求することを知りました。要求できる社会ってのはなんて素晴らしいんだろうということが身にしみてしまって、自分から努力するということを忘れてしまったんです。ですから、何かをやろうとするとすぐお上を頼ってくるわけです。私はこのことに愕然といたしました。いわゆる補助金行政というものが、これほどまでに地方の人々にやる気をなくさせているのか。
そこで自分自身で努力できるものは何か。まず、自分が努力しなければならないのではないか。その努力の第一は自分が熊本に住むことである。年に、2回か3回、月に1回か2回顔を出して、そして行政がどうの文化がどうのって言ったって、県民や市民はついてくるもんじゃありません。共に文化をつくるに値しないものです。そしたら、まず、自分が熊本に住むことです。
そして、2番目にはお金が一銭もないんです。駄目になった気持ちを奮い起こすというお金は日本にはないわけです。例えば、先程申しましたような徹夜で20時間もかかるお神楽があるんです。岩戸神楽三十三座と申します。雨の岩戸の物語が三十三番までに仕組まれてるんです。かつてはそれを50人の保存会でやっていたわけです。それが今、14、5人しかいませんだから、ほんの4、5座しかできないんです。20時間のうち、2時間くらいしかできないわけです。ですから、こういうものが点々として熊本県内にあります。
だから、なんとかこれをご先祖様のように元に戻そうじゃないか。そういいましてもやる気がありませんから「先生、そぎゃんこつば言よんなはるばってんが。」とくるわけですよ(笑)。