ったわけじゃないわけです(笑)。その多感な自分の気持ちの中に埋没させておいたということが大きな動機になっていると思います。
これが東京で住んで、東京で成長して、そして東京に住みながら地方の文化会館を引き受けるとなったら、こういうような思いは持たなかったんじゃないかと思うんです。私は先程申しましたように、放送局が終わったら東北へ帰ろうと思っておりました。自分の青春時代をみちのくの天地のもとで過ごした。そしたら、自然の中に帰りたいっていうのが、私の願いでございました。図らずも全く反対方向の熊本県立の建物を委嘱されてしまったわけです。そして昭和63年の7月1日に熊本県立劇場に初めて参りました。
まず、1か月は、劇場の中を整備しました。これは全国の文化会館の方に申し上げたいんですが、文化会館そのものが公共の建物であるために、そこで働いている職員の方が公務員並みの観念になってしまって、公務員と同じような机の上に書類を積んで、向こうの人が見えないというようなことになっているところが非常に多いんです。そして、文化会館ってのはお客様本位に物事を考えなければならないところです。ところがどうしても公務員的な物の考え方をしてしますから、使わせてやるんだという考え方になります。ですから、事務室へ入っていても快適な事務所ってのが非常に少ないんです。
私が最初に入っていった時に、正直に申しますと、暗さに驚きました。これが文化会館の事務を執るところなのだろうかと思いました。これは率直に申しまして、全国の文化会館で講演する機会を持ちますが、どこでもそういう印象をもってしまうのです。まず、文化会館は事務室が明るくなければならないということです。そのために私は職員と相談いたしまして事務室の中の配置を全部変えました。ガラスが下から上までずっとあるところに、案内板の大きなものが立って光を全部遮っている。そしてお役所の中ってのはどうしても暗いから、暗い視覚に慣れているんです。
文化会館は基本的には明るくなければならないところです。そういう明るい雰囲気を、まず職員がつくろうということを考えなければならない。どこの文化会館に行っても暗いのです。あれじゃお客さんは来ないのです。ですから、1か月をかけて職員と協力いたしまして事務室の中の雰囲気を全く変えました。職員が実によくやってくれました。
それまで、借りる借りないのお客様との交渉をどこでやってんの?って聞いたら、何と職員のロッカーをコの字にしまして、ここでやってるんです。こんなところはお客様を扱うところじゃないです。ですから私はお客様と相談するところを窓際がずっとガラスになってるんですが、そっちへ持って参りました。そして明るいところでお客様と応対しなさいって。そうい