そして、偶然なことから熊本に参りました。何故熊本に行ったのかと申しますと、当時熊本相互銀行という銀行がございまして、そこの社長さん、後に熊本ファミリー銀行となりますが。この方が「もし、時間がございましたら、熊本のために何か考えて頂けませんでしょうか。」といって、熊本の地方紙から何からを毎日2年間送り続けてきたんです。
そしてやがてのことに話が進みまして、当時県知事が細川護熙さんという人でございました。あとで急に有名になった人ですが。この人の代理で副知事の山内さんという方がお見えになって、この方が大変な人格者でございまして、故郷を思う情熱に大変私は打たれました。そして、この2人に賭けようってんで私は熊本へ参りました。
私と熊本県との契約は、年に3回理事会でご意見をお述べくださいというそれだけの契約しかありません。しかし、住む所で働き、働く所に住むってのが私の一番大きな考え方でございました。よく名前だけ貸すという館長さんとかそういう方がたくさんいらっしゃるそうですが、それでは、県民の方と一緒になって仕事をするってことはできないんです。ですから、私は一気に熊本へ自分の住まいを移しました。この10年間横浜にうちがあるんですが、ほとんど帰ったことはありません。熊本で殆ど過ごしまして、こうして仕事があれば、全国各地へ村おこし町おこしのお手伝いに参ります。
明日も青森へ参ります。青森の知事から「青森県民のための塾を開いて欲しい。」っていうんで、朝9時から夕方5時までぶっつづけに勉強する、熊本でも開いてるんですが。それを青森でもやっておりまして、今度の土、日がそれにあたります。そして明日参りますと、秋田の市長がどうしても会いたい、秋田市をどうするかっていう話だろうと思います。
そんなことで全国をまわりますが、基本は熊本においております。ここのところがこれからの文化会館のあり方として非常に重要なことであると思います。つまり、文化会館というのは、その地域の中に建ってるだけではなくて、地域の人の心の中に入り込んでいく、それが文化会館のあり方だと思っています。
私はNHKにおりました時から、いろんな討論番組でも、地方行政とは何かという問い掛けに対しましては、そこに長く住んでいるその土地の縁、それから先祖代々住んでいるそして人間関係を持ってくるいわゆる血縁、この血縁と地縁の暖かさというものを大切にして、行政の方から一軒一軒のうちに文化や福祉を出前することですよって言って参りました。それは先程来、やや時間をとらして頂いて旧制高校それから大学時代の話をしましたが、私が自分の青春時代を地方で暮らした、そして地方というものはどういう暮らしが基本になっているかということを。私にも青春時代ってあったんでございますよ。私は生まれてすぐからハゲでメガネだ