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秀人というて、京都の立身出世劇場で今売れてる、人がおるんですが、お互い話し合って、その人に出てもらうということになりまして小劇場と新劇との合同公演ということになった。次に小劇場でいきましたんで、これから小劇場でなんかやるかいうことで、若手の職員が小劇場でやってます。マキノノゾミいうて売れっ子の脚本家、演出家なんですけとや森光子さんの芝居なんかも脚本書いたりしてやってるんです。うちの職員が劇団に頼むんじゃなくて、いろんな劇団から人集めてきてそれを作り上げていく。この台本ならこの人がええだろうということで処理して、うちの中で稽古してやるというような方法もあります。逆に俳優さんと決まる場合もあるわけです。

今まで1000事業の2000公演やりましたけど、実際にはいろんな話をして、途中で止めたり、もうほんとに途中までやったりしたこともありますけども、だいだい3割ぐらいしか現実にはできてないんですわ。あと7割は僕は文化のストックや思ってるんです。いつかできるんではないかなということで、まあ野球で3割打者いうたらすごいですから、私もすごいなあ思うとるんです。それができれば、ストックになります。都蝶々さんの一人芝居をやりまして蝶々さんと、雁の助さんをターゲットにして近松の芝居の話をやってて、ちょうど、芦屋事務所に敏腕のプロデューサーがおりまして、関西テレビで「裸の大将」をやってましたんで、彼の方から近松するよりも、舞台で「裸の大将」やりたい、いう話があって、それ制作するやったらうちでやるのは難しいですから大阪で10館ぐらいやって、テレビ局とタイアップして、テレビでどんどん流そうと。九州でも何館かやっていただいたと思うんですが、テレビをやってくれたからこうなったんです。そやから始めは私は芦屋雁の助さん、その都蝶々さんと話やった時にも二人芝居をしたいということだったんですけども、二人芝居まだ残ってるんです。これいつかできるかわからへん。雁の助さんと近松なんかをやりたいと思っていたものが、つい「裸の大将」になってしもうた。「裸の大将」をやろうと思うたら、テレビ局と一緒になってやった。そやから僕は制作するのにそんなにセオリーはないと思うんです。もうどっから入っていかれてもえいと思うんですね。たまたまその人と知り合いになったら、この人だったら何が良いかなということになると思うんですね。そやから午前中も話ししましたように、もともとは、「心中天網島」やる時には、郷ひろみさんターゲットしただけでも、女性ばっかりになってしまうとかいうになりますが、これはそんなに言われないと思うんです。

何でも僕はいいと思うんです。自分に合ったものをそこで修正するか、止めてまうかとかいうのはどんどんやって、やった芝居の結果じゃなくて、大事なんはプロセスやと思うんですよ。作っていくためのプロセス、それが一番大事やと思うんです。そやから僕はどっから入られて

 

 

 

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