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んばっておりますねん、という話があったんです。すぐに映画会社に手紙を送りまして台本を送ってくれという話をしまして、読んだらものすごく泣けてきまして、この映画をメイシアター主催でできないかということで、その映画会社に話をしますと、東映とか松竹等の映画配給会社に売ってしまうと出来ないけども、その前だったらできますよということだったんで、それなら一度そのような方法でやらせてもらおうという事で、初めてのこころみで実施できたのです。

田村高広さん、それから主役の女性の方、メイシアターに来ていただいて宣伝してくれはる、それからテレビに出てこの映画をメイシアターですると宣伝して頂きました。そんなこともあり映画もやっぱりやらなあかんなということになったのです。TBSで筑紫哲也さんが、ニュースキャスターになる前はアエラの編集長をやっておられまして、メイシアターへ講演に来られたことがありました。いろいろ話をしたんですが、全国の市長の集まりが東京であった時に、私どもの市長も参りまして、筑紫哲也さんが講演で文化会館の悪口を言われたんです。悪口いうのは市民会館でも、死民会館やとかね、文化会館は閑古鳥ないとるとか、いうようなことがあって、その悪口言うてはった時に、吹田ということが目に入ったんでしょうね。ああ吹田はまだようやっている方だという話がでまして、市長やっぱり気良くしますからね、そして市民が一度家に帰って風呂入って、又出て来れるような何か催しもんをしたら良いのでは、そして夜おそうまで見られるようなそのような事を考えるべきと言われた。

私どもの市長もせっかちなものですから、帰ってきたらすぐに荒起君そのような催し物出来ないかと言うことだったので、映画やったらできます。というのは仕込みやバラシがいりませんから、10時こぼれてもそのまま帰ってもらうだけですから、ほんならやろうかということで、興行協会というか映画館と話をつけてやれることになったんです。そして、名作映画をやろうということで、当初午後8時からやって、2時間半かかるやったら10時半になって、それから帰ってもろうてもえいやないかということでやったんです。新聞社にその話が入りまして、8時からやってんです。メイシアターで公立館で初めてレイトショー始まるなんて大きく記事に取り上げてもらって宣伝になりました。それで人がぎょうさん来てくれた。来てくれた人がちょっと違いまして。

筑紫さんが言うてはつた、市民が家へ帰って、風呂入って、ゆっくりして出てこうかじゃなくて、映画ファンが奈良やとか神戸へんから来ていただきましたんで、これは元へ戻さなあかんなあいうて、7時に戻したんです。古い映画ですので、雨が降ったりとかするんですね。色が悪かったり、市民の人から苦情が出ます。役所でこんなんするのんか、雨降って見られへん

 

 

 

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