ですね。そこで顕著な人で登場してくるのが、つかこうへいさんなわけです。この方が小劇場演劇というくくりでいいますと、おそらくその最初の方になると思います。その後の小劇場演劇とは少し色は違うのですが、特徴としては非常にシニカルで屈折した笑いで、あまり何かに対してまっこうから反対するということを声高に言ったりする芝居ではありませんでした。ただ、非常に世の中を斜めに見るようなことがありました。ですから、それまでの演劇っていうのは、何故か世の中を変えようとかそういった真っ直ぐな激しさみたいなのを持っていたんですけど、そこで少し屈折していきます。それが後の小劇場演劇っていうところに繋がるんですけども、このつかさんは76年に新宿にある紀伊國屋ホールに登場してきます。その前には「VAN99ホール」といいまして、99人の定員ていうか、そういうちっちゃいところ、或いは他の小劇場でやっていたんです。それがそれまで紀伊國屋ホールというのは新劇のメッカだったんですが、そこに登場してきて非常に人気を得たわけです。
この動きからはじまりまして、色々な大学から起こってきた劇団が力と人気を得るようになります。一番特徴的な人が野田秀樹さんです。彼は東大の学生時代に劇団「夢の遊眠社」というのをつくります。70何年かな、75〜6年、違いますもうちょっと後ですね。その辺ですが、要するに70年代のギリギリ終わりです。この方の場合は、社会とどうのではなくて、自分の世界がとっても何ていうんですか、羽ばたくとでもいうか、その時代と空間、時間と空間をどんどん飛び越えちゃって、もうほんとに縦横無尽というふうな舞台づくりをしていきます。言葉もとってもテンポが早くて、ギャグというよりも言葉遊びですね。それがもう独自の世界で、しかもそれが狭くなく広がっていく。この「夢の遊眠社」が先程の紀伊國屋ホールに登場してきましたのは、1981年です。それまでは、やっぱり「夢の遊眠社」も東大の学校の中の駒場小劇場という小さくはないんですけど、そこでほんとに学生たちの人気を得て世間、外へ進出していきます。
この後にいろんな大学から、例えば早稲田大学からは「第三舞台」という、鴻上尚史さんが引っ張っている集団が外へ勢いよく飛び出していきますし、日大の芸術学部、明治大学、この辺りは非常に盛んで色々なもう本当に一つや二つではない劇団が生まれて行きます。
それで更にまた、これは時代と係わるかもしれませんが、女性が中心となった集団が数多く生まれます。例えば渡辺えり子さんが率いていて、去年の暮れに解散しちゃったんですが、「3○○」という劇団。あるいは、木野花さんという方が率いました「青い鳥」という劇団。これも数年前に活動は停止しています。それまで女性というのは女優ではありましたが、スタッフいわゆる演出家であったり、主宰者であったり、作家であったゆっていうことはあんまりなか