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ち破ろうということで新しい動きが出来て来ます。これが、大体1960年代後半というところに始まるんですが、一番顕著なのが演劇をやる場所ですね。みなさんホールとかそういうところではない場所と非常に強力に結びついています。例えて挙げてみますとテントですとか、或いは映画館で上映された後にやるとか、後は喫茶店の二階とか、さらに地下劇場ですね。これは劇場っていうのではないんですけども、地下の空間を劇場にしてしまう。

それぞれに代表的な方を申し上げますと、テントは紅テントというのがありまして、唐十郎さんが率いていました状況劇場、これが誕生してそこに赤いテントを張ったと新宿の花園神社が有名になりました。これは西暦で言いますと67年です。その喫茶店を本拠地にしたのは、早稲田小劇場、現在スコットですが、中心は鈴木忠志さんですね。後に白石加代子さんという女優さんも加わって非常に活発になりますが、これが出来ますのが66年です。その映画館ていうのは先程も話に出てましたが、蜷川幸雄さんが青俳という新劇の劇団を数人の仲間と辞めまして、現代劇場というものをつくり、映画館で上映後に公演をしました。これが68年です。それから寺山修司さんがいらっしゃいまして、この方は天井桟敷という地下の狭い空間で始まったんですが、これもやはり67年、何故かそのころ同じ時代に色々なものが起きるわけです。

それともう一つ、いわゆる自由劇場というのがありまして、おととし暮れですか、解散してしてしまいましたが、六本木のガラス屋さんの地下の空間です。この劇場の名前を「アンダーグラウンド自由劇場」といいます。そのことからアンダーグラウンドという言葉が独立して、アングラというようにいわれるようになるわけです。アングラというのは日本だけの造語なんですが、これが過激なことをやるとか、突飛なことをやって奇抜なことをやるとかいうふうな風俗的な表現になってしまいます。言葉としては何かその時代で終わっちゃった言葉というふうになってますし、現在ではアングラという言葉は使いません。

そういう場所、さらに時代の激しい動きに結びつき、また若者文化がそのころすごく盛んなんですが、それとも結びついて一つの大きいムーブメントができます。この時代が大体60年代の終わりから、70年安保の反対運動がその直前ぐらいにピークを迎える頃まで、その70年を境に急激にそのエネルギーが今度は落ち込んでゆくんですね。それで、アンダーグラウンドという意味とちょっと少し違った意味で使っているのですが、そこに書きました小劇場演劇の時代が70年代の安保反対運動の後起こってきます。

これはいろんな運動が対社会だったり、対既成なものだったり、既成的なこう出来上がってるものに対しての反体制なんていう言葉もありましたけども、それが急激に衰えまして、そのエネルギーがいわゆる挫折感であるとか、無力感とかそういったちょっと屈折した方に行くん

 

 

 

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