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地方のホールに優れた芸術監督を置かれて、アート思考のねらいをおやりになるところがたくさんあり、あるいはこれからもあると思うんです。もちろんアートは結構なんですが、やはり観客不在になるアートというのは、やめた方がいいと思います。そうかと言って、まんべんなく観客を呼び集めるようなものってのは、そんなにゴロゴロしてるわけではありません。特に日本の場合は東京でも大阪でもそうですけども、ブロードウェイやロンドンのウエストエンドのように、いろんな種類が沢山あるものではありません。

例えば『蜘蛛女のキス』というミュージカルが東京でも大変評判を得ましたけれども、果してあれが本当に面白いものなのかどうか、と疑問に思われた方は沢山いると思うんです。すばらしい舞台であったし、日本の公演がすばらしかったということは認めますけれども、ほんとにお金があったら日参してもいいようなものかどうかというのは疑問がある。それはブロードウェイだったら『蜘蛛女のキス』がすばらしいものの中の1本なんですね。他にそれ以上のもの、あるいはそれに勝るとも劣らないものが沢山ありますから、より取り見取りと言えば、より取り見取り。日本へ持ってくるとそれだけが急に浮き上がって見えてしまう。残念ながら、そういう状況の中で我々劇場の関係者は、演劇を取り上げてやってるわけなんです。

話が脱線しますけれども、演劇界とか音楽界あるいはこういうエンターテインメント、舞台芸術の世界で、英米と全く違うということが、もう一つあります。それはマスコミの対応です。外国からミラノ・スカラ座が来て初日が開こうが、あるいはボリショイのバレエ団が来て、すばらしい初日が開幕しようが、そういうものが日本でニュースとして新聞やテレビで報道されるというのはまず少ないのです。スキャンダルや離婚はすぐニュースになる。ところが『ロミオとジュリエット』が、しかも、埼玉の公共ホールの自主制作で開きました、ということが全国的にニュースにならない。極端な例は天皇、皇后両陛下が臨席して、ようやくオープニングした、日本になかったオペラハウスである新国立劇場の初日の東京・朝日新聞の記事がわずか数行のベタ記事でした。一面はおろか、社会面でも写真入りですらない。そういうマスコミ、そういう新聞の中で我々が文化ですよということで、演劇や音楽やオペラをやらなくてはいけない、こういう悲哀。

別の方はこういうことを言っております。「20世紀は物質の時代であった。来たるべき21世紀は心の時代であります。」いい芝居はお酒とは違う意味で酔うということがあるかもわかりませんが、芝居を見てお腹が大きくなるわけではありませんけれども、心が豊かになるということはあると思います。それはその人その人の受け止め方、何も感動的なヒューマニズムのテーマじゃなくても、それがスリラー劇であろうが、ホラー劇であろうが、あるいは宝塚のよう

 

 

 

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