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蜷川さんは「自分は演出というものを今まで何本か連綿とやってきたんですけれども、一番自分が嫌ってることは、自己の模倣である。自分がやったことを、評判が良かったからそれを復元、再現するということは別として、自分がやったことをまたぞろむし返してやること、つまり自己の模倣というのが一番嫌いなことなんだ。たから何か新しいこと、何か今まで人がやってなかったこと、もちろん自分がやってなかったこと、そういうものを模索しながら、今までやってきた。それは自分の性格が非常に飽きっぽいからだ、観客が同じような傾向の芝居を何回も見せられると飽きるでしょう。だから自分も飽きるんだ。だから飽きないようなことを考えてやってきた。自分はまず自分の演出を、一人の観客として見て、飽きなければ新しいことなんだと思ってそれを実現するようにつとめて来た」と、こういうことを言われるんですね。

私は前々から自分が手掛けたプロデュース作品、他人がお作りになったものを買ってきた場合は、多少違うかもわかりませんが、人とたとえ組んだにせよ、自分がこういうミュージカルをこういうキャストでやりたかった、こういうストレートプレイをこういうキャステイングでやりたかったと思って立ち上げた場合に、観客の第1号はまずは自分であるべしというのを常に秘かに思い込んでいたものですから、この話を大演出家の蜷川さんの口から聞いてですね、私は膝を叩いてと言いましょうか、蜷川さんに抱きつきたいくらいうれしく思ったものです。

大演出家でもそういう気持ちを持っている。もちろん蜷川さんの演出の中にも、もう万策つき果てたかと思うようなものがなくはありません。人間がおやりになることですし、あるいは準備期間がなかった、あるいは閃きがうまく燃焼しないままに取り組んだ作品であったのか、というような時もなきにしもあらずです。けれども今回の『ロミオとジュリエット』の初日を見て、僕の印象を一言で言えば、自分のところでやるものですから、宣伝してるような感じになるのですけれども、私はこれのプランニングにも制作にも一切タッチしてませんので、全く虚心に自分が観客として言えるのですが、今まで私の乏しい経験にせよ、自分で見た日本人が演出し、日本人が演じたシェイクスピアの芝居の中で、ナンバー1のものではないかと思って感激して見ました。蜷川さんは手応え有りと思われただろうと思うんですけれども、彼の自分の内なる観客と言いましょうか、観客魂と言うんでしょうか、俺の舞台をまず最初に評価して、最初に面白がるのは自分なんだと、こういう気持ちがあるというのは大変すばらしい。蜷川幸雄というのはプロデューサーにしても、一流のプロデューサーになっただろうと思われるような、考えだと思うんです。

ですから、今日私がこんな高い所から、あまり偉そうなことを申し上げるのは本意ではあり

 

 

 

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