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んぞやというのを、歴史的に流れをふまえながら色々書いた本です。亡くなられてから出た最近の本ですが、ミュージカルに興味のある方はお読みになったらいいかと思います。

その中でプロデューサーのことに触れた章がございます。「日本語では制作者とも言っているが、アメリカのプロデューサーと日本のプロデューサーには大きな違いがある。アメリカのプロデューサーは制作費の出資者であり、劇団を名乗る会社=組織体の代表者であり、講演の経済的責任とともに、興行権を持つ文字通りの制作者であるのに対して、日本では東宝、松竹、宝塚など劇場を持つ興行会社、あるいは劇団の意思を代表して制作進行を担当する事務的プロデューサーが多い。」こういう書き方をされてます。私が今まで申し上げたようなことを野口さんも理解して、日本のプロデューサーの現状を言ってるわけなんです。ですから日本のプロデューサーというのは、我々も含めて偉そうにプロデューサーだとプログラムに名前を出してますけども、お金は会社が出してくれております。また企業がスポンサーとして冠興行という場合もありますけども、要は我々は言ってみれば、親方日の丸の立場でプロデュースをしているにすぎません。バブル経済が全盛の頃は、個人のプロダクションあるいは、個人のプロデューサーが会社を作って、いろんな形で制作をされていたようなこともございます。けれども、残念ながらそういうのもだんだんと景気が悪くなってまいりまして、お金を出してくれる所がなくなって、いい知恵を持った方はいらっしゃるんでしょうけれども、あるいはなんかの時に失敗をして、そのまま演劇界から消え去られた有能なプロデューサーを何人か存じ上げております。

一つの例をあげますと、最近、松竹の解任劇のようなものがございまして、奥山和由さんというプロデューサーがお辞めになりましたけども、この方のやり方が英米並に自分がお金を集めてきて、自分が自由自在に使えるお金を握って初めて出来るというプロデューサーのやり方を、たまたま会社組織の中でやろうとしたために躓かれたと思うんですね。映画界の話ですけれども、日本的で象徴的な事件だと思います。

かつて東宝には菊田一夫さんという、ジェネラル・プロデューサーであり、東宝株式会社の演劇担当専務取締役という肩書を持った方がいらっしゃいました。

この方は生粋の演劇人で、ご自身は劇作家でもあったわけですから、オールラウンドなすべてをこなせる演劇人であったわけなんです。彼がいらした頃は、例えば芸術座の出し物である林芙美子の『放浪記』に森光子を主演させ、その本は自分が書く。プロデューサーも企画も作、演出も全部自分でやる。あるいはミュージカルで何をまず上演するか。『マイ・フェア・レデイ』がいいだろう、ということで東宝が初めて翻訳ミュージカル『マイ・フェア・レデイ』を

 

 

 

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