ドラマシティ、あるいは宝塚歌劇団と、これらは阪急電車でございますけれども、そういうバックがございまして、そこに個人のプロデューサーあるいは制作担当者というのが配置されていて仕事をしています。ですから赤字になっても、自分がその赤字を補填することは、現実問題としてはございませんし、黒字になったからといってボーナスが倍になるというわけでもございません。こういうところが、日本のプロデューサーの現状であり、限界であり、全てでありというのか、そういうものをよくご理解をいただいて、演劇のプロデュースというものを話していきたいと思っております。
アメリカの場合はプロデューサーというのは、まず、いろんなところからお金を集めてきます。それはもちろん企業であったり、個人であったり、個人というところが外国のすごいところなんですけども、バッカーという投資家からお金を引き出しまして一つのショー、一つの芝居を作るというのが本来のプロデュースでございます。最近はアメリカも景気が良くなって、ブロードウェイでは今までクローズしていた劇場も含めて、何やってもだめな劇場までも開いてるというような現状らしいんですけれども、まあディズニーが進出したり、ニューヨークの市長の方針で小さな犯罪を取り締まったために、治安が良くなったりということで、ブロードウェイが好況を呈しているようでございます。
どんどん新しいものが出てきてますし、一時期ロンドン勢に占領されてたようなものが、またくつがえされてきておりますんで、日本の景気の悪さとはちょっと違うんですけれども、劇場に客がいっぱいに入りますと、周りの商店、レストランがまた活況になる。人が出てくるということは、それだけ治安がいいから出てくるわけですから、夜の生活が非常に充実する。しかもショーが当たりますと、投資家も増える。外国の場合、投資家は自分の投資がヒットすればお金が戻ってくる、あるいは利益を生み出すと、投資額によって配当をもらうというようなことがあります。日本の場合は税法が改正されないと、こういう時代はまだまだ先のことでございまして、私なんかの目の黒いうちにそういう英米並の演劇界ができるかどうか疑問ですけれども。
決定的に違うのは、まずプロデューサーとはなんぞやのところで、つまずくというのか、大きな違いがあります。ちょっと参考までに一冊の本をご紹介したいと思います。亡くなられた方ですけども野口久光さんという音楽、演劇評論家で、昔のフランス映画のフランソワ・トリフォー監督の『大人は解ってくれない』だとか、あるいはキャロル・リイドの「第三の男」なんかのイラストのポスターを書いた、有名な方なんです。その方がふるさとキャラバンのパンフレットに連載していたミュージカルの歴史、アメリカ、その他の外国のミュージカルとはな