て演奏能力を高め、そして、皆に親しみを感じさせるには良い観客が必要だったということです。そして、この不特定多数の観客と演奏家を結びつけるマネージメントが、自然発生的に生まれて来たわけなんです。
この音楽マネージメント、もっと広く言えばアートマネージメントの一部ですが、アートマネージメントというのは、どういうものかということを平成5年度の教育白書がこういうふうに説明しています。「文化施設の運営や、芸術文化団体の活動、あるいは芸術文化に関連する催物をより効率的に大きい成果をあげる活動を総称してアートマネージメントという」と。具体的に言えば、企画、制作、組織運営、管理関係の業務とか広報活動、マーケティングという仕事です。市民の好みに合った演奏会をどう作っていくのかが私達の仕事になっている訳です。音楽の発展には、いい演奏家がいるというだけでは成り立たないわけで、いい観客を作り、そしてそのためにその橋渡しをするいいマネージメントがとても重要だと私達は思っております。
日本でもそうでしたが、自然発生的に音楽を聞きたいという人が沢山いた初期のころは、音楽マネージメントの在り方はそんなに深刻に考えられてなかったんです。とにかく、演奏家がいると沢山の観客が集まって来るという時代には、アートマネージメントをどうすればいいかという論議はなかったんです。
先程高知の浜田館長さんのご挨拶にもありましたが、非常にいいホールは沢山出来たけれども、そこに集まる人を組織するのはバブルがはじけて以降、なかなか大変という時代がやってまいりました。私達はこれをどういうふうにすればいいか、一緒に考えなければならなくなりました。
もう一つ古い話をしますと、日本の場合クラシック音楽は自分達の生活の中から生まれたというよりも、外国から教養として入って来たんです。教養ですから、それから勉強すべきものというかたくるしく、楽しむと言うよりは学ぶものとして音楽が入って来た。これは日本のクラシック音楽界にとっては、決していいことではありませんでした。教養であり、学ぶべきものであるということは言葉を返して言うと、それはなくてもいいんだと、教養というのはあるにこしたことはないけれど、生活にどうしてもなくてはならないものではない、という考え方が、日本の国としての文化の見方、音楽の見方に根を張ってまいりました。従って、非常時にはこれは贅沢な物というふうに受け止められました。第2次世界対戦中、我々の先輩が組織した演奏会は、実に入場税200%を払わなければいけなかったんです。入場料というとその頃は1円か2円でしょうか、その3倍の値段で売らなければならなかった。差額2円は税金として国に