ころには行きたがらない。そこで「血圧がちょっとおかしいから、お医者さんへ行きましょうか」というようなことを口実に連れていくということもあります。
【バレット】 アメリカの制度は非常に複雑で、医療とその他のケア施設のシステムが分断化されています。
通常、痴呆などの記憶上の問題がある場合は、家族がいわゆるファミリードクターに対して症状を伝えるというのが第一歩です。しかし、アメリカの保険制度では、老人ホームにおける介護や在宅ケアに対しては補助的なお金が出ないため、病院で介護を受けることになるのですが、短期間しか入院できないシステムになっています。
そうなると、やはり病院以外のケアが必要になるのですが、これは非常にお金がかかります。ニューヨーク市における老人ホームの場合、1年間に約9万ドルから10万ドルが必要になり、一生懸命働いて蓄えた財産を3年間ぐらいで使い果たしてしまうことになります。私自身も在宅で母親のケアをしようと思ったのですが、それには私自身が家にいなければいけない。しかし、私が働かなければ収入が得られない。結局、在宅、病院のどちらのケア制度にも厳しく、複雑な現実があるわけです。
確かに、医師が最初の窓口にはなるのですが、その次の対応をどうするのかが大きな問題なのです。
【パウロス】 オーストラリアでは、痴呆症に関して地域社会の意識を高めるための全国的な組織があります。オーストラリアアルツハイマー協会などでは、アルツハイマー啓蒙週間を設けて、痴呆症の問題を地域社会に対して啓蒙するような活動を実施しています。それらを通じて、地域社会が痴呆を受け入れる環境を整備するわけです。
しかし、地域社会の啓蒙をしても、すべての人が問題を認識するわけではなく、やはり医師や医療との関係が問題になってきます。オーストラリアの医師の場合、いわゆるファミリードクターに対して、この5年から10年の間に、痴呆症に関する訓練がかなり行われ、認識を深めるようになったといえるでしょう。
ファミリードクター側の問題として、以前は、痴呆症の患者の診断には時間がかかる割に、それに対応する報酬を得られないという問題がありました。そこで、ファミリードクターなどの医師は、ACAT(高齢者ケア・アセスメント・チーム)というシステムと緊密に連携を取りながら、もし自分で扱い切れない場合は、ACATにその評価を要請するようになりました。
ACATの利点は、さまざまなサービスにアクセスするための窓口が1つであるという点です。オーストラリアでは、多くの地域サービスがあり、そのため一般の医師も高齢者自身も、どこへ相談すればよいのか判断できないことがありました。しかし、窓口が1つであるACATを通して、全体的、包括的な判断、評価が可能となったのです。また、一般医が気づかない痴呆患者、またファミリードクターへ相談しない患者でも、たとえば地域のホームケアワーカーが、「あ、この人は痴呆症だ」と気づいてACATに連絡することもあります。
このようにオーストラリアでは、痴呆症の患者を取り巻く状況は分断されている部分はあるものの、一定のネットワークづくりはできているといえます。個々の痴呆患者に対する認識や評価は、何らかの形で行える体制が、ある程度整っていると思います。
【紀伊國】 稲庭先生が院長をされている今村病院では、パウロス先生がいわれたACAT的なシステムを築かれていますが、痴呆を地域のなかで早期に発見し、長くケアを続けて