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床にはビニールシートが敷いてあり、不潔なことに失禁もそのままの状態でした。そのお年寄りは非常に目つきが鋭く、近寄ると大きな声で叫ばれるのです。一方は菩薩のような顔、もう一方は阿修羅のような表情。このあまりにも対照的な2人の在宅痴呆高齢者をつくりあげたのは、介護者側の肉体的、精神的な余裕ではないのでしょうか。ケアのあり方、そして支援やシステムのありようで、このように大きな差が生じることをそのとき知りました。

私は、痴呆高齢者の方々が、菩薩の表情を持ち続けられるようなケアを目指したいと思います。

【紀伊國】 ありがとうございました。いまのお話は大変鋭い問題提起で、これからの討議議題になると思われます。

それでは次に、黒石保健所所長である山中朋子先生です。山中先生は、高齢者の問題に大変積極的に発言しておられます。

【山中】 青森県では全国を上回るペースで高齢化が急速に進んでいます。黒石保健所は、黒石市と南津軽郡の1市5町3村を管轄し、約14万の人口を抱えており、その老齢人口比率は18.3%、平成8年4月1日時点での痴呆性老人は約300人です。地域の精神保健福祉活動を担っている保健所において、痴呆性老人対策は非常に重要なものとなってきています。

本年4月、県庁では、保健、医療、福祉の一元化を目的とした部の再編があり、新しく健康福祉部が誕生しました。また、地域保健法が全面施行され、保健所の再編と管轄区域の見直しにより、青森県では11保健所から8保健所・1支所という体制になりました。管轄区域が拡大しても住民サービスの低下を防ぎ、住民の精神的健康の保持・向上、QOLの向上を図るには、今後、保健所は市町村や関係機関とどのような協力体制を構築していくのか、また、保健所での老人精神保健福祉業務とその現状などを私見を交えてお話ししたいと思います。

保健所において、実際に痴呆性老人と接することができる事業としては、老人精神保健相談、訪問指導、痴呆性老人在宅ケアの3つの事業です。

老人精神保健相談事業では、精神科の嘱託医と保健婦による相談窓口を全保健所に設置しており、痴呆老人を抱えた家族が、電話や来所により相談する場合がほとんどです。

痴呆性老人の在宅ケアは青森県独自の事業で、精神症状や問題行動が著しい老人性痴呆患者または家族に対し、精神科医師および保健婦などがチームで家庭を訪問し、診察、介護方法、症状悪化時の対処方法などについて、相談指導や援助を行っています。

この2つの事業における平成7〜8年度の来所経路状況は、市町村の保健婦からの紹介が56%と圧倒的に多く、福祉事務所16%、自発的来訪14%、在宅介護支援センター13%となっています。また、医師による診断結果としては、老年痴呆47%、脳血管性痴呆35%、そのほか老人性精神障害、退行期うつ病、幻覚・妄想状態、器質性精神障害などがありました。このように、診断名としては老年痴呆、脳血管性痴呆が多くを占めていますが、痴呆以外の疾患も診断されており、その意味では精神科医による診察を受けることは重要であり、介護者の安心感にもつながっていると思います。

また、合併症では、脳血管疾患、高血圧が約7割を占めており、特に脳血管疾患では、身体の機能障害に加え、痴呆症状も伴うため、介護の困難さを一層増している状況がみられます。

 

 

 

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