日本財団 図書館


野生生物の恒久的な救護施設として指定された施設は1ヵ所もありませんでしたので、大規模な施設の改造はできませんでした。

さらに、施設の不備によって油に汚染された野生生物に対する救護の質は、本当は達成できたかもしれないレベルよりも低いものにならざるをえなかったようです。例えば何羽かの鳥は、初期の頃の不適切な収容状態とケージが原因で低体温症になり死んでしまったと考えられます。また、より長期間に渡って不適切な状態で収容されていたがために、脚やひざ、竜骨が床ずれや二次感染症になる個体もいました。こうした飼育した状態での健康管理上の問題は、適切に設計された救護施設や適切な保護箱やケージが油流出事故の前に準備できていれば、避けることができたものでした。

水質の問題も油に汚染された野生生物の効果的な救護をかなり妨げました。軟水(硬度2〜3)の代わりに硬水(硬度6〜10)を用いて洗浄すると、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルが洗剤と結び付いて鳥の羽毛の上で結晶化してしまいます。これでは鳥の羽をすすいでもきれいになりませんし、羽毛の微細構造を変えてしまうことにもなりますので防水性も保てません。さらに、不十分な水圧(40〜60PSI未満)では羽毛から油と洗剤の両方を完全にすすぎ落とすことは困難でしょう。こうした不備は最終的には体力も無く防水性も無い、そして非常に低体温症になりやすい様な鳥を、冬の寒い北海道の海に放鳥することに繋がっていった訳です。

現在カリフォルニアでは油に汚染された野生生物救護のためのより良い体制を整えるために、高度な救護の水準に見合った新しい施設を建設中です。「油汚染野生生物獣医学的救護研究センター(Oilled Wildlife Veterinary Care and Research Center)」という海棲哺乳類と海鳥のための最大の施設で、カリフォルニア州のサンタクルーズにあります。工期約1年、建設費約7億2千万円(1$120円で計算)の施設です。

ちなみに全米にある他の小さな油に汚染された野生生物の施設の建設費は、6千万円から2億4千万円の間です。このような高い建設費は、海鳥や海棲哺乳類のケージなどの適切な収容設備、飼育動物の救護水準の達成、油に汚染された野生生物の救護に必要な専門設備といったことにかかる高いコストが原因です。

将来の事故では油に汚染された野生生物に適切な救護を施したいと考えている関係者は、油に汚染された野生生物の救護施設を日本にも建設することを重要な優先事項とすべきです。こうした施設は油に汚染された野生生物の救護の講習会の会場としても利用できますし、野生生物保護に関する学生向けの教育プログラムを提供する場にもなります。また、海洋の野生生物の収容施設を必要とする様な研究のための施設としても利用できます。

 

準備と訓練のプログラム

ナホトカ号油流出事故の際は、リハビリテーションの手順や施設を変更するためには、地方自治体、政府、関係機関、非営利組織、NGO、専門家グループといった様々な人達の同意が必要でした。それぞれのグループによって優先順位が異なり、油に汚染された野生生物に関する経験レベルも異なっており、またそれぞれのリハビリテーション活動を主導したいという意図も重なって多くの軋轢が生じました。残念なことに、リハビリテーションに使われた施設は油に汚染された野生生物の救護のための専用施設ではなかったこと、そして施設が油流出事故対応の責任者によって管理されていなかったことから、しばしば政治的な摩擦が生じました。こうしたことによって意思決定が遅れ、その結果鳥が適切な救護を受けるのが数日間から数週間遅れることもありました。もし専用の救護施設が存在し、そこに訓練され

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION