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寺崎 奥の奥には激しさはあるんだけれど、表面的じゃない。そこが彼の素晴らしさですね。僕が思うシュトルツの音楽の特色は、はんとうに分かりやすいということ。しかもごく自然なんですよ。天才の音楽って皆、そうだと思う。しかもシュトルツはその時々の音楽に非常に敏感で、どんどん取り入れた。しかし根本には非常にクラシックな音楽の基礎をもっている。そして誰にも親しまれるロマンティックなメロディ、人懐っこくて、人の心の奥底に入り込み、住んでしまうようなところがたまらないですね。その上、非常に都会的で、上品で甘くて、ちょっぴり哀しくて感傷的。そういう音楽は日本人にぴったりなんですよね。

上垣 『春のパレード』は、例えば、ある作曲家があるオペラを創るために全部短期間で書き下ろした、というようなものではない。一曲ずつ作ったものを集大成していって、最終的にウィーンで上演された『春のパレード』につながっていった、という長いスタンスのものですよね。その中には、ワルツーつとっても、ウィーンの香りがするものとそうじゃないワルツを使い分けて書いてある。それを、例えば全部ウィーン風にしてしまうんじゃなくて、うまく読み取って表現していって初めて全体の流れが出来てくる。

それからもう一つ、『春のパレード』は、出てくるリート一つとっても、イントロというものがないんですよ、音楽的にみて。通常イントロが寡囲気をつくっちゃって、その雰囲気の中で歌が始まるわけですよ。ところがジャンと鳴った途端に歌い出さなければいけないというのは、イントロはどこにあるのか…それはその前の芝居にあるわけです。その芝居で流れているドラマを切らないで、そのまま歌に入っていく。歌が、歌い上げるのではなく、語っていて、その歌が終った時に、前の芝居から歌の終りまでが一つになっているんです。

寺崎 すごいのは、その“ジャン”がその曲全体を予感する音になっているんですよ。

上垣 シュトルツの音楽ってわりと入りやすいですよね。イージーリスニングに近い音に聞こえる。ところが聞いていると、その中にいろんな工夫がこめられていて、それが聞けば聞くほど出てきて・…‥かといって難しくない。すごく疲れている時に聞くと、す一つと疲れがなくなっていくような、イージーリスニングのいい部分をもっている。それじゃ聞き流せるかというと、聞き流せないで、心の中に入ってきちゃう。すごい魅力ですね。それは先程のドラマからのつながりということと、もう一つはオーケストレーションの魔力というものがあるんです。オーケストラの総譜を見ないでピアノ譜だけから受ける印象は、ヨーロッパのクラシカルな音楽に近い。それで創った前回の『春のパレード』のヴィデオを見て、又、今回シュトルツ夫人、アインツイさんから送られてきたパート譜を見て、全然違うということが分かって、衝撃的でした。

寺崎 「わたしってお馬鹿さん」の間奏の中なんかにすごくジャズっぼいところがあったり、アレンジなどに新しいものを一杯もっているんです。

上垣 アメリカで吸収していったんだと思うんですが、自分のもともともっていたウィーンの香りと、アメリカで当時流行っていたジャズを、クラシックの音楽の中に取り入れて、両方のいいところをうまく組み合わせてオーケストレーションしている。それで結果的には、今のアレンジの流れに結びついているはど素晴らしい。

寺崎 1933年にフランチスカ・ガールがやった映画『春のパレード』が、やがて1941年にハリウッドで『肯きダニューブの夢』と改題されて、ディアナ・ダービンの主演で上映された。シュトルツは1941年から46年までアメリカにいるんですけれど、シュトルツは大歓迎を受けるんですよ。アメリカってすごいですよね、戦争中に敵国の音楽を大歓迎してやってたんだから。そして三度目が1955年、ロミー・シュナイダーが17才でデビューしたわけです。それからオレペッタとして上演されるのは1964年。フオルクスオーパーの演出家ローベルト・ヘルツルがデビューのような形でやったわけです。33年に世界中を席巻したのが、31年後に舞台化されたということです。

33年の『春のパレード』の頃というのは、シュトルツの絶頂期だったと思うんです。1905年に『メリー・ウィドウ』初演の指揮をしてから、ナチズムでつぶされるまでが、彼の長い音楽の一生のエッセンスなんですよ。それで戦後はむしろ、その音楽をどうアレンジしていくか、という生涯だった。だからそのアレンジの仕方は多種多様なんです。64年にフォルクスオーパーでやったものと33年のとは、オーケストレーシ

 

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