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は「英米本位の平和主義を排す」という有名な論文を書きました。アングロサクソンはきれいなことを言って説教をしているが、実はこれはすでに既得権を十分に持った英米の自己利益、国益の表現でしかない、これから力を持つべき日本やドイツにとってこれは悪ですらある、という議論を展開して、日本国内で感銘を与えたわけです。そして彼が1930年代に首相となって、アメリカとの戦争、真珠湾への道を不可避としたことは大変印象深いことであります。

英米秩序には必ず歪んだところがある。IMFにもある。しかしそれならばそれにかわる近衛が考えた「日本、 ドイツ本位の秩序」が世界にとって福音であったかという問題があるわけです。英米は自己利益を忍ばせておりますが、実は国際公共益、あるいは国際秩序の必要ということを結びつける点で才能がある。近代の歴史の中でいろいろな国がいろいろな秩序をつくろうとしましたけれども、比較的国際公共の必要と自己利益を結びつけるのが上手なのが英米だと思います。日本とアジアも自己利益、国益と、そして公共の必要、国際的必要ということを結びつけるセンスというのを学んでいくことが、今後力を増すとともに、必要なのではないかというふうに思います。西洋秩序への反動としての新秩序ではなくて、より国際公共益を根深く反映させた秩序を提案する能力ということを我々は身につけていかなければならないだろうというふうに思います。

戦後のガットは不十分ながら自由貿易体制を基礎づけてきた。しかしそれが冷戦が終わって21世紀に向かう時に、幸いにもWTOというもっと広範な貿易システムを最近の世界はつくることができた。IMFもブレトンウッズの一つのものとしてやはり不十分なものであるということをこのたびの危機は如実に示した。ではIMFを超える新しい、その面でのWTOは何なのかということについて、我々は真剣に考える必要があるだろうというふうに思います。

その国際公共益ということ、公共性ということについて、別の面からもう一言言いますと、李さんの提起された市民社会をこれから重視する必要があるということに、私は完全に賛成いたします。ただ、社会、市民を重視する中でも、このような危機に際して、やはり機敏に対応する責務を負うのが依然国家であるという面があります。国家によきことをなさしめる、つまり国家を飼い馴らす必要がある。これはもう両大戦下の歴史が痛々しいまでに示した。市場に力を持たせたら、市場もまた飼い馴らす必要がある。そして今後、市民社会をつくったとしたそれが本当に力を持てば、例えばマスメディアについてはすでにそういうことが十分言えると思いますが、この市民社会もまた飼い馴らす必要があるのです。つまリーつの悪が見えた時にみんなそれをターゲットにして、これさえつぶせばすむというふうに考えがちでありますが、実はそれの反対側が善の塊であって、救いであるわけではない。それぞれが飼い馴らされなければいけない。それぞれが諸刃の剣であるということだと思います。

そういう飼い馴らす際の観点がやはり公共性だと思うのです。個々人について言うならば、それは人間性であると、ナンディさんが美しく紹介してくださった異なる宗教の間の共存の状態、そこに流れるのは多分人間性だろう、それがもう少し大きなレベルで語られるならば、公共性ということになると思います。官と言わず、民と言わず、それぞれに公共性への責任感というものを持って飼い馴らしていくということが必要なんだろうと思います。

そういう新しいシステムをつくる事態を迎えて、非常に大事だと思いますのが知的共同体、エピステミック・コミュニティという言葉が最近よく言われますが、APECができる前に、PECCという官民にまたがる機関があり、そしてそのもとには心ある人たちの国際シンポジウムがあった。それがアジア太平洋を結び合わせる。それまでアジアと太平洋は西と東に分断され、南と北に分断されたものでしかなかった。それが今、我々はAPECという形でアジア太平洋と、一つの文明の可能性を21世紀に見ることも不可能ではなくなっている。それをリードしたのが知的共同体である。

そういう意味で、このたびこのセンターがこのような機会を設け、イエシアチブを取ってくれたこと、タイミングを含めてすばらしいことだと思います。アジアの叡知の知的サーテライトをもってこれからどういうふうに方向づけていくのかと、そういうことを毎年とは言わないまでも、二、三年に一度繰り返しやって進めていただくことをお願いして、私の発言にさせていただきます。

 

●座長:安藤

どうもありがとうございました。

確かに日本の財政政策が今のアジアの経済危機に関係がないということはないと思います。ただ、これはこのパネルで何回も強調されたように、経済というものはやはり時間のタイムスパンを置いて見ないと、ある一点だけをとらえて、そこで問題を処理しようとしても、それは現実的な回答にはならない。繰り返し述べられましたように、ナショナリズムはナショナリズム

 

 

 

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