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この共同研究は、世界の主要通貨の不均衡という問題を指摘、批判しています。つまり、円とドルの不均衡の問題です。主要経済大国である日本の貿易不均衡の是正を目的とする為替レートの調整が、的確でないという指摘です。円とドルとの不均衡問題が、その他のアジア地域にまで極めて大きな衝撃を及ぼしています。私たちは見当違いの相手にしがみついているのです。誤ったドルにしがみついていることが、私たちの苦しみの原因とも言えます。

一点目に話を戻します。「アジアの奇跡」がなぜ破綻したのか。私は、1993年に発表されたIRと世界銀行がまとめた最新の報告書「アジアの奇跡」、昨年発表されたADBの報告書「台頭するアジア」、さらにはIMFの報告書にまですべて目を通しましたが、現在の状況について十分な警告を与えている報告書は皆無です。これらの機関が発表した報告書は、あまりにも楽観的です。東アジアの奇跡を導いた大きな要因は、とりわけ香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、シンガポール、タイ、台湾の8ケ国の成長であるとする最近の報告書もあります。アジア諸国は多くの経済的特質を共有していると、世界銀行は見ています。ここで言う経済的特質とは、天然資源と人的資源の豊富な蓄積、生産性の高い投資、科学技術の急速な習熟、効率的な資源配分のことです。世界銀行は、効率的な資源配分と力強い生産性の成長に、賛辞さえ送っています。経済的特質は「アジアの奇跡」を語る際のキーワードです。1990年代前半のアジアをめぐる世界銀行のこうした楽観的な評価が、アジアが改革を進める上での障害となりました。私たちは自らの成功に酔いしれ、東アジアの外貨借り入れや資本の急激な流入に拍車がかかりました。

今や世界銀行とアジア開発銀行は、東アジアのこれら8ケ国を、第三世界で台頭しつつある市場との競争に巻き込むのは愚問だとしています。私たちの経済は崩壊したのです。私の母国タイが、昨年1997年の7月に通貨切り下げに踏み切り、破綻したアジア経済の大型緊急救済対策につながる金融混乱の波を引き起こしてから7ケ月が経ちます。東アジアが崩壊へと、進んだ行程と、破綻の原因は周知の通りです。アジア諸国は、多額の継続的な貿易赤字という特色を共有しています。アジア諸国はいずれも、持続可能な経済の範囲を超える水準にまで、資産の価格集中を行ったため、私が「ホットマネー」と呼ぶ数兆ドル規模に膨れ上がった国際移動資本が、銀行制度の脆弱なアジアに流れ込みました。これらの要因が、最終的に、アジアの経済破綻・金融破綻をもたらしたのです。IMFが昨年発表した最新の半期報告書によると、アジア経済について一定の懸念を表明をしているものの、その懸念はおおむね楽観論という矛盾したものになっています。今年開催された世界銀行会議においても、IMFと世界銀行は相変わらずアジアに高い評価を下しています。破綻の大きな原因の一つは、これら機関の楽観的な評価により、急速に移動する巨大な資本のかたまりがアジアの金融市場を駆け巡り、そして突然立ち去った点にあります。そして、アジアに激動的な不況の波が押し寄せてきたのです。

今回の危機で最大の損失をこうむったインドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、タイの5ケ国を中心とする東アジア諸国に、資本の逆流という現象が発生しました。1996年には930億ドルだった民間資本の流入量が、翌1997年には120億ドルの純流出にまで落ち込みました。下落幅は1000億ドルにも及び、国内総生産の11%分にまで達しました。これら5ケ国には、これほど大きな資本移動の下落幅を緩和する力は備わっていないでしょう。アジア諸国は、投資による思惑買い、規制されないままの銀行預金残高、世界最高のビル建設を含む大型公共事業・民間事業を推し進めたために、これらの問題の大部分を自ら招いた、と言わざるをえません。しかし、私たちの多くは、今回の金融危機と経済破綻を、市場の自由化あるいはグローバリゼーションによる、マイナス効果として捉えています。世界銀行でさえも、民間資本移動の健全な運用を図り、資本の大量逆流の危険性を管理するための必要条件が、いまだにアジア諸国ではほとんど整っていないという認識を示しています。こうした資本の逆流出が現在招いている経済・社会・政治上の損失は極めて莫大であり、グローバリゼーションの過程の中で、極めて危険性の高い国際的な事態が、これらの損失により生じつつあります。

それゆえ、このグローバリゼーションによるマイナス効果への対策が急がれるのです。市場の透明度を確かなものにし、ヘッジファンドを筆頭とする国際資金組織による野放しの金融活動を規制するため、新たな国際的な諸法律を制定すべきです。こうした透明度の欠落が、国際資金組織を監視すべき市場の力を弱めています。市場にも国際資金組織を監視する能力が備わっています。台頭しつつある経済地域では、国際金融組織を規制する金融当局、特に中央銀行の力が弱まっています。私は、短期資本移動の監視を強めるべきだ、という榊原英資氏が先のダヴォス会議で行われた提案に賛成です。東南アジア諸国の見解も、榊原氏の提案に一致しているのです。

 

 

 

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