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会が機械的に模倣しようとする国民国家、近代性、進歩といった帝国主義的な概念が山積されています。ここで真に問題とすべき点は、いかなる抵抗運動が、どの程度までアジアに残されているかという問題です。おそらく、私たちがテーマとしている社会の中にも、いくつかの有益な手掛かりがあります。目下、私は民族対立や民族紛争の研究をしています。この問題に取り組んだここ数年は、私にとって驚きの連続でした。インドでは、驚くことに、人口の5分の4が農村部に住み、5分の1が都市部で暮らしています。民族紛争、民族国家主義による紛争の3分の2以上は都市で発生しています。こうした紛争の犠牲者のうち、96.5%以上が都市生活者で占められています。アジア人がいまだに村落の共同体に住んでおり、都市ではリードさんの報告書で分析されているような状況があるという事実が、原因の一端であると思います。

こうした村落では、複数の民族もしくは宗教が共存することは考えられませんし、ありえません。日本の統計調査では、人口の100%が外国の宗教に帰依しているという数字があります。これは多くの日本人が神道信者であると同時に仏教徒でもあるためだと聞きます。他国で起きても、日本では起こりえないことが一つある、と自信をもって推測できます。日本では、たとえ都市化、工業化、るつぼ化が大規模に進み、市民が裕福になっても、神道と仏教間の民族対立は決して発生しないでしょう。

日本と同様に、アジアのほとんどの地域にも、複数のアイデンティティーの共存が見られます。私たちがそれを知らないだけなのです。インドでは、外国の宗教に帰依する人口の割合が、常に100%に達しているという記録が100年間もの間続いています。三年前、インドで、個人ではなく共同体を研究対象とする人類学調査が行われ、複数の宗教に帰依している共同体が600に及ぶことが判明しました。これはインドにのみ見られる現象です。こうした複数のアイデンティティー、他者をよそ者や完全な他人として排除しないで共存する能力については、この報告書では触れられていません。他者は自己の一部であり、自己は他者に映し出されます。他己は私にとって、自己の本質として映し出されます。

私たちは、アジアの文化や次の世紀への活力に対する自信を新たにし、未来と対決することができます。次の世紀はアジアの経済が主役となる可能性もあるからです。しかし現段階で、私たちの子供たちを見ていると、次の世紀がアメリカ文化でなくヨーロッパに依存したものとなるだろうという脅威を感じずにはいられません。私たちは、このことをかなり憂っています。この地域の文化が、ただ単に箸を使うことや、レストランでの食事、伝統芸能や演奏の舞台鑑賞といった事柄にとどまらず、アジアの多彩な文化が19世紀型国民国家概念の観点から操作され滅ぼされないためにも、私たちの未来を取り戻すことが必要です。高いレベルの伝統もあれば、不完全で劣悪な歴史もあったこれまでの時代の世界主義に代わる、新しい世界主義の再発見が必要です。私たちは、その再建のための努力を惜しんではならないのです。

 

●座長:青木

ナンディさんどうもありがとうございました。

インドというのは世界最大の民主主義国家と言われています。今総選挙が行われておりますけれども、これも世界最大の規模の総選挙であります。戦後独立して50周年ということですが、独立した時に分離しましたバングラデシュとパキスタンのイスラム国家では、常に軍事的な勢力の介入があってクーデターがあったり、非常に不幸な政治的事件が起こっておりますけれども、インドは議会制民主主義の制度をちゃんと維持してきているわけであります。これはどうしてかというのが、インド国内ではいろいろな混乱が実際ありますけれども、私にとっては前から常に興味深い問題でありました。

今、おっしゃった都市化すると民族対立あるいは民族憎悪といったものが起こってくる、農村部においては複数のアイデンティティが保たれて、いわば平和な状態があり得るというご指摘も大変示唆的だったと思います。私は自己と他己というお話も、これも日本でもそういうことを言っているのですけれども、大きな問題だというふうに思います。どうもありがとうございました。

それでは田中先生に次のコメントをお願いしたいと思います。

 

●田中優子(法政大学第一教養部教授)

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私の専門は江戸時代の文化です。

江戸時代というのは日本の文化の中でも最も閉じられている文化と論じられてきましたし、教わってきました。しかしその江戸時代の鎖国と呼ばれていた文化を実際に見てみますと、さまざまな面でまず動的であるということ、つまり非常にダイナミックなものであって、その動きの中で中国や朝鮮はもちろんのことですが、東南アジア諸国と結ばれてきた。その中で江戸時代の文化というものがつ

 

 

 

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