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日本の資本主義が銀行と産業界との密接な関係で成り立っているのとは対照的に、米国の資本主義は金融市場の動きにかなり依存しているからです。しかし、今回の危機によって、現在の世界的な資本市場のネットワークの一翼を担っているアジア諸国は、アジア経済を動かしているのはアジア諸国自身だとようやく認識することでしょう。アジア諸国は、この新たなゲームと、そこでプレーヤーとなる競争相手に、自らを適応させる必要が出てくるでしょう。アメリカ人ならこうしたプレーヤーを「デジットクラート」と呼ぶでしょう。彼らは30歳代の者ばかりで、高度な技能を修得しており、最高速度を備えた情報処理のテクニックを駆使して、世界市場で巨額の資金を動かします。

したがって、アジア諸国にとって、彼らは制御不可能な眼に見えない社会勢力になっていきます。こうした人々、こうした新たに登場した社会勢力から、より民主主義的な社会が生み出されて来るかどうかはわかりません。しかし、こうした勢力が、アジア太平洋地域で経済活動に政治的な後ろ盾を迫る可能性があります。民族の多様性を犠牲にする形で「デジットクラート」の動きが出てきています。

私たちは今熱心に課題に取り組んでいることを指摘したい。ほとんどのポスト近代の理論家たちが好んで議論したがるテーマです。現在も米国ドルは国際金融取引で最大の通貨流通量を誇っているにもかかわらず、この「デジットクラート」は多国籍企業と一体となって、世界で唯一の超大国となった米国の地位を見事に覆してしまいました。米国は国際通貨基金で最大の割当額を持つとはいえ、米国政府でさえ国際通貨基金にいつも行動指針を示すことができるわけではありません。国際通貨基金にとって、1995年のメキシコ経済の緊急救済措置は語り草となっていますが、世界の民間資本の役割と比べた場合、その力は限られたものでしかありません。国際通貨基金の反対に抗して独自の通貨管理体制の確立を決断しているスハルト大統領に対し、国際通貨基金がどの程度の影響力を持っているかは、興味深い点です。金融市場が、スハルト大統領の構想にどの程度のインパクトで反応を示すかということも、興味深い観点です。現在の状況は明らかにある種の無政府状態といえます。ジョージ・ソロス氏にとってもこれは極めて重要なテーマでしょう。問題は、スハルト大統領の構想が何を目指すものであれ、経済安定化を目指した地域密着型の政治的意思決定に完全に基づいたものではない、ということです。この制度は、ASEAN諸国に潜む経済危機や金融危機の可能性を予測するための監視体制であるらしく、パカセムさんもこの報告書に書いておられる通り、たしかに効果的です。

私は、監視することと、アジア諸国の各国政府の提唱した経済路線に方向修正をすることとは別なことだと思います。マハティール首相は、ASEAN諸国に対して国内に残存する米国ドルを削減し、アジア通貨の通貨価値を維持するよう求めています。この考え方には、1996年時点でASEAN加盟各国が達成した1700億ドルの貿易高総計のうち、ASEAN諸国の地域内貿易が占める割合は23%に過ぎないという事実に真っ向から対立する考え方が含まれています。インドネシア・ルピアのドル札への切り替え計画によって、マハティール首相の構想は如何なる危険に晒されるでしょうか。これは、シンガポールにとっても問題となります。シンガポールは、インドネシアにおける国内ヘの貿易流入の緩和措置を援助しようとした際、インドネシアの中央銀行に対して、将来の輸入信用協定の締結を約束するよう求めました。しかし、インドネシアに通貨管理機関が設置されれば、中央銀行の役割はなくなります。このことは、今日のアジア地域における地域協力から、より確かな経済管理体制が生まれるためには、まだ長い道程を歩まねばならない現実を示唆しています。ここで強調しておきたいのは、世界の資本市場の役割もさることながら、地理的な距離関係が極めて重要だという点です。東アジアや東南アジアでの今回の危機の中で、この点ははるかに明白です。少なくとも、インドネシアの情勢では特に顕著です。現在の危機、民族間の緊張、民族紛争に対するインドネシアの取り組みは、将来の地域協力に極めて大きな影響を及ほします。

最後に、ある作家の言葉を引用させていただきます。「歴史とは、幾つかの隠喩の歴史である。」この作家に倣って、我々は「地理は、幾つかの出会いの歴史である」と言えるでしょう。アジアが歴史でもあり地理でもあるとすれば、アジアは構想力と現実の物理的交通の産物だという想像ができます。21世紀になれば、我々はこの事実を消すことはできないでしょう。時間という問題と、アジアとは何かという現代の我々の考えがあるだけです。ある意味で、白石さんの提案された長期的な視点は極めて有益なものです。長い目で見れば、我々は皆この世からいなくなってしまいます。しかし、多くの問題が解決されていきます。インドネシアにある笑い話があります。御存じの方もおられるでしょう。あるとき神が中国の皇帝とインドネシアの皇帝を天上にお召しになり、来週この世の終わり

 

 

 

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