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主に金属をつくる、つまり金をつくりだそうとしたのに対して、中国の錬金術は長寿、つまり生命を伸ばす医療のために研究をしている、そういう違いがあります。しかしいずれも錬金術は盛んでした。

他方、中国にはタオイズム、道教と言うと少し狭くなりますが、タオイズムという思想があります。ここでは世界のすべてを数学的な秩序とみなす。言い換えれば世界の構造を数字であらわすという考え方があります。こういう世界観は当然ながら近代科学につながるはずのものであります。ご存じの中国の古典文学に「西遊記」というものがあります。この「西遊記」の中には有名な孫悟空という猿の主人公が活躍するだけではなくて、無数の数字が出てきます。髪の毛の数から武器の長さに至るまで、すべて数字であらわされる。最近、日本のある学者がそのことを研究して、この数字はすべて道教の中のマジックナンバーであるということを発見しました。つまり世界は数的秩序でできているという思想は中国にあったわけです。

他方、日本にはそういう錬金術、あるいは数的秩序で世界を見るという思想はありませんでした。しかし日本には先ほど申し上げた意味での「恋愛」という観念、そして恋愛文学というものが大量に書かれました。これは本当に古く、10世紀頃から恋愛文学というのは日本の文学の中心であります。

一方、中国には恋愛文学が一向に書かれませんでした。むしろ恋愛というのは精神的なものではなくて、純粋に肉体的なものとして軽蔑されていたのが中国文学です。また日本では、実験的あるいは実践的な技術開発ということは常に行われています。農業、あるいは織物、その他の分野で細かな技術開発が常に行われる。もしも今、申し上げたいくつかのものが一つに結びついていたら、例えば世界を数的秩序と見る思想と、日々技術を革新するという思想が結びついていれば、まさに西洋の近代化あるいは近代技術、科学技術というものが生まれたはずなのです。しかし残念ながらアジアは一つではありませんから、この両方が結びつく機会はありませんでした。それぞれの要素はありながら、ワンセットとしての近代化というものが実るのが遅かったわけです。

20世紀に入って、西洋の刺激を受けて、アジアがそれぞれに近代化を起こしました。この間には主として日本が責任を取るべき戦争がありました。日本の近代化の中で大きな歪みがあって、それが近隣の諸国に対する侵略になり、あるいはその国々の近代化を遅らせた。そういう側面もありました。しかし大きく見ると、20世紀の前半に日本は近代化に踏み出し、その他の国々は後半に近代化を進めて、それぞれかなりの早さで成功している。別にアジアがアジア・ショービニスムに陥る必要はないのですが、しかし例えばロシアとかアフリカ、中近東の一部と比較した時に、東アジアの近代化の早さというのはやはり容観的な事実であります。それはその背後に、さまざまな近代的な発想という考え方の芽があったからであります。

実はそういう近代化の結果、あるいは近代化の苦しい経験というものを通して、今初めてアジアというものが生まれつつあるのです。変わったことを言うように響くかもしれませんが、私たちの過去にはアジアはないのです。アジアは今、生まれつつあって、未来にだけあるのです。そしてそのお互いをつないでいる大きな枠組みは、アジア的価値ではありません。近代的価値であります。

残念ながらアジアの幾つかの国々の人々は、アジア的価値ということを反西洋のスローガンとして口にされる向きがあります。私はそういうアジア的価値というものは歴史上、一度もなかったと思っています。なぜならば、簡単な話です、アジアがなかったからです。

今、私たちはこの会議の席上で、場所が日本であるために日本語を使い、共通の理解のために英語を使っています。これは大変象徴的なことであります。この英語は必ずしもイギリス人の英語ではありません。イギリス人の発音を我々は真似することもできませんし、それだけの古い伝統に立った言葉の感覚というものを駆使することはできませんが、我々は一種の共通語として英語を使っております。

同じように私たちはものを測る単位としてグラムとか、メートルとか、あるいは秒、分というような単位を使っています。これももとを言えば西洋の産物です。しかし実はアジアにおいてこれは最も広く普及しています。アメリカヘ行くといまだにヤードとかポンドとか、違う単位が使われています。イギリスも最近になってやっと貨幣を十進法に変えたのです。すると十進法とか、あるいはCGS単位というような近代的単位というのはアジアにおいて最も普及し、かつ高度に利用されたということが言えます。そして我々はそこに共通の文明をつくっているのです。

繰り返して言いますが、その下の層を掘り起こすと、さまざまな民族、国家、地域の文化伝統があり

 

 

 

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