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奇妙に響くかもしれませんが、近代化は古代どころか原始時代にすでに始まっていました。昔、いろいろな部族の中で、人間を神の犠牲にするという儀式が行われました。つまり個体の生命を殺して、神から恵みを受けようということです。こういう話を聞きますと、およそ近代化とは正反対のような気がしますが、実は当時の人たちは個体の生命が非常に重要なものであり、大切なものであるからそれを犠牲にしたわけです。その証拠に、犠牲にされた人間は大変力強いか、あるいは美しい若者でありました。他と違う、他よりもすぐれた個人を犠牲にして種族を守ろうとした。それは実は種族維持の本能に基づいているのですが、すでに個体というものへの尊重を含んでいる、あるいは敬意を含んでいるものです。

やがて、人間が食物を取る時に、栄養のあるものではなくておいしいものを食べ始めた時に、また個体維持の衝動が一歩前に出ました。種族の生命を維持するためなら、まずいものでも栄養があって衛生的なものを食べていればいいわけですが、おいしいものを食べるというのは、これは個体の楽しみであります。

個体を守ろうとする動きは、人間独特のさまざまな文化を生み出します。例えば我々が今、高齢化社会に向かって高齢者の保護ということを真剣に考える。これは種族維持の原理から見れば全く無駄なことでありまして、老人は早く殺してしまったほうが、そして若者の生命を豊かにしたほうが種族維持に役立つのであります。しかし、そういう自然の原理に反して、人間は個体維持に力を注いでいます。

そして、その個体維持の考え方の上に、もちろん人権という思想がやがて芽生えましたし、法のもとでの平等という考えも、あるいは福祉といった考え方も広がってまいりました。家族の形はどの文明でも大家族から核家族の方向を指しています。そういうふうに考えますと、近代化というのはおよそ地球上のあらゆる人間の文明、文化の中から内発的に出てくるものであります。

とかく近代化というと、これを西洋の産物だと考え、アジアやその他の国々の近代化は、いわば西洋の文明を輸入することによって行ったのだと考えがちですが、それは間違いであります。確かに西洋において、近代化の大きなステップが踏み出されました。そしてその刺激が、アジアを含む他の文明に近代化を促したことは間違いありません。しかし本質的には近代化というものは、実は文化から生まれてきたものではなくて、生物学的原理から生まれてきたものですから、すべての文化を越えているのであります。

実は、西洋において、特に12世紀からルネッサンスにかけて、近代化は大きな飛躍をいたしました。それは西洋の文化とアラブの文化が接触することによって起こった変化であります。

例えば12世紀に西洋の宮廷では「恋愛」という観念が生まれました。単なる男女の性的な結びつきではなくて、精神的な要素を含み、さまざまな自己規制や倫理を含んだ愛という観念が生まれました。そしてそれはいろいろな詩や文学の中でうたわれたわけであります。この恋愛の観念というのは、明らかにアラブと西洋の接触の中から生まれたものであります。その他、実験科学、これはもちろん錬金術の発展として誕生いたしましたし、医療、医学、こうしたものもアラブと西洋の合体の中から出てきています。

やがて産業の技術あるいは商業的な利益を求める情熱、そしてそれを可能にする勤勉の道徳といったものが、失継ぎ早に西洋に芽生えてきて、17世紀には新しい産業社会の基盤がつくられたわけであります。しかし実は同じような価値観や活動は14世紀までの中国や日本にすべて見出されるのであります。ただし、それらがかなり断片的に相互の脈絡なしに見出されることが問題ですが、近代性の萌芽が芽生えたというものは、ほとんど東西同時に起こっていたのであります。

しかし、ここに一つの大きな違いがありました。それは西洋の中心になったヨーロッパが、かつてローマ帝国の支配のもとに一つの世界をつくっていたということであります。ローマ帝国はご存じのように、法律から貨幣、道路、その他のさまざまな土木事業、都市建設といった文明を西洋全体に広げました。西洋は一つの帝国であったわけです。そしてそこでキリスト教という同じ宗教、同じ文字、同じような神話を人々は分け持ちました。ここには共通の、一つの包括的な文明世界というものができていました。そして8世紀頃からこのローマ帝国の内側に、さまざまなヨーロッパの民族国家ができていったわけであります。つまり我々が問題にしている国民、国家の先祖というものは、実は西洋の場合、巨大な帝国の内側から分かれて出てきたものであります。

したがって、その間に共通の、あるいは同一の文明が分け持たれたことは当然であります。基本的に

 

 

 

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