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は無理がある。しかし、行政単位ごと、すなわち県のレベルから町内会のレベルまでにヘルスセンターを階層的にもうけ、簡単な処置から衛生教育まで幅広く実施するようになっている。日本に比べると、国民と医療との接触が医師による診療所教の上では接触しにくい感じもあったが、診療所の重たい空気というものは感じられず、保健婦中心のケアという点で人々の生活の中に入り込んでいる様相が自ずと理解でき、どの現場も結核の感染源対策、家族計画、歯科治療などの公衆衛生活動が臨場感あふれるものに感じとれた。

WHOについても、Health for all by 2000にむけて、理想と具体的政策をもとにその活動内容が明確に理解でき、またDr.Hanの情熱には心を打たれた思いである。また、Occupational Healthを担当されているDr.Milanとの懇談もでき、産業保健の理想的形や将来像についての形や西太平洋の情勢が理解でき満足がいった。

見学した状況を報告書にまとめたとき、小生は、日本とあるものが共通であると感じた。それは、なかなか旨くいかないプロジェクトや実行されていないプロジェクトなどでは、必ず生活習慣の上では切り放させないものが根底にあったり、社会習慣・治安などにより、活動に支障をきたすということである。それは、栃木県の脳卒中へのプロジェクトと類似した過程であり、減塩できないという食生活が起因し、これを大きく妨げる。生活習慣などの公衆衛生活動をストップさせる社会的因子が存在するものは、基本的にプロジェクトとして成功し得ないものが多い。しかし、これも、フィリピンの保健行政をみて感じたことがある。それは、患者一人一人の個人をみて、集団をみているということである。そして、その集団特性を一番知っている社会集同を利用し、保健医療プロジェクトの拠点としている点である。公衆衛生活動を成功させる鍵は、社会へのとけ込みとその特性を知った上でのプロジェクト計画、フォローではないかと考える。その実践は、まさにダイナミックであり、小生の心を駆り立てた。その反面、WHO事務局勤めの先生の中では、日本の厚生省を世界で実施しているという本音も感じた。表向きは最高な活動でも、それに、心が伝わらない、紙の上に書いてある数字を減らす方法のみを模索する公衆衛生活動には、小生は賛同できかねた。現場の公衆衛生活動を実践し、医師としてダイナミックなプロジェクトを計画・立案し個人をみて集団を変えるという基本姿勢を全体として認識しなければ、数は変革できても本質を変革することができないであろうと感じる。これは、WHOで働く現場の医師との懇談で学べた大きな収穫である。

戦後直後の日本の公衆衛生活動の変遷は、世界でも類をみないほどと言われる。これらを実行させたヒント、そしてこれからの活動へのヒントは、公衆衛生を語る多くの書物の中にあるその行間に隠されていると小生は感じていた。その行間に隠されたものが見えかくれした感じはあるが、大きな解答は得られた気がする。それは、本質を見いだすためのプロセスを自分で見つけだし、その答えは見つからないということである。それが、ダイナミックに社会の中にとけ込み、ときには制約をうけ、そのバランスを予防医学としていかに成果に導いていくかは、その地域社会と医療スタッフとともに専心する公衆衛生活動の質に関わってくるということであろう。今回の研修で小生が得た経験を、将来の医療活動に大きく寄与させ、日本の公衆衛生史にのこせなくとも、恐者や健康をいのる人たち、一人一人を尊重し、最高の集同アプローチが実践できるよう精進する決意を円めた次第である。真の医療の限界を求めて。

 

 

 

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