「文化財保護の新しい視点」
三輪嘉六 文化庁文化財鑑査官
司会 午後の3番目のお話をいただきます。「文化財保護の新しい視点」ということで三輪嘉六先生にお話を伺いたいと思います。三輪嘉六さんは奈良国立文化財研究所にお勤めの後、文化庁の記念物文化財調査官、東京国立文化財研究所の修復技術部長、文化庁の美術工芸課長を経て、現在、記念物や美術工芸、建造物、民俗資料や無形文化財などの文化財保存の総括を担当しておられます。このお仕事を文化財鑑査官とおっしゃるということでお話を承りたいと思います。ご紹介申し上げます。よろしくお願いいたします。(拍手)
三輪 ただいまご紹介いただきました文化庁の三輪と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
私がきょうお話ししますのは、お手元のレジュメにも少し書いてございますけれども、文化財保護についての新しい視点、こうした問題について二、三お話をしたいと思います。
その前に文化財保護の流れに触れますと、このナショナル・トラスト運動と大変共通性を持ってこれまで進んできていたのではないかと、私は認識しております。木原先生や、あるいは今、お話しありました田村先生、そうした先生方におしかりをいろいろな形で被りながらまたサポートされ、文化財保護の流れはできてきたと思っております。
ただ、文化財はご承知のようにやっぱりさまざまな環境の中で成りたち、文化として継承されてきた、そういうのが文化財だと思います。ただ、文化財を国際的に見たとき、恐らく日本の文化財は法的には世界で最もすぐれているんではないか。ちょっとオーバーな言い方で恐縮なんですが、すぐれているというのは、つまり、いろいろな分野について保存をしようとしている、これは恐らく国際的には殆ど無いというふうに思っております。
ご承知のように、例えば英国であったら自然とか、あるいは建造物、あるいはフランス等でも、最近でこそ日本をモデルにして、例えば人間国宝というような制度の導入に入っている。そういう中で日本の文化財は、まさに自然から人工的な記念物、あるいは美術工芸品の数々の分野、あるいは無形文化財から民俗芸能、歌舞伎から音楽、まあ我々の身近にある生活、風俗、習慣に至るまで保存の対象にしている。その点では日本の文化財は非常に幅の広い動き方を持ってきていると思います。
もちろんそういう非常に幅広いベースをもつようになるのは当然戦後でございますが、戦前、つまり昭和20年以前から見ますと、私は文化財の保護に大別して二つの、危機があったというふうに思っております。
一つは、私がここで今さら申し上げるまでもなく、明治元年のいわゆる神仏分離令、つまり廃仏毀釈と言っている法律なんですが、この時期からしばらくは、この廃仏毀釈による我が国の社寺の荒廃が続きます。
例えば明治元年は新しい近代国家への一つの過程ですが、その中で、いわゆる文明開化という風潮がおこります。古いものはすべて悪である。そう極論しないまでも、旧物を破壊していく、古いものを破壊して新しい欧米の文化になじんでいこうというのが、恐らくある種の日本の国民的な動向だったと思います。