鎌倉にはいろんな文化人の方がおられます。例えば日本画家の小倉遊亀さん、今も九十何歳で、かくしゃくとしておられますが、この方が今のうちにスケッチをしておかないと、この歴史的な景観を壊されるというのでスケッチをされる。そこへ宅造業者の人が来て、立ち退けと言って、危うくけがをされる寸前だったというようなこともありました。
そういう事態を前にして大佛さんは5回にわたる随筆を書かれました。その最初は、今、鎌倉がこういう状況だと書いてありました。大佛さん自身、鎌倉に住んでおられましたから詳しく知っておられるわけですが、同時に、鎌倉と並ぶ奈良、京都といった我が国の古都の歴史的環境が危機的状況にあるということを内に窓を秘めた淡々とした文章で書いておられます。奈良では平城宮跡の近くにドリームランドという動物園があるんですが、コンクリートでつくったサル山が非常に大きいと書いてあります。東大寺の方から見ると、それが周りの景観を壊していると。さらに奈良の県庁は正倉院のスタイルを模したスマートな建物なんですが、真ん中のエレベーターの棟が高すぎると。それで飛鳥の方から近づくと、興福寺の五重の塔やらいろいろな歴史的な建造物がありますが、そういうものが描くスカイラインを壊しているというわけであります。それから三笠山の中腹に温泉郷ができてネオンが瞬くと、こういうのも困ったものだということを書いておられます。
それよりも何よりも京都では駅前に京都タワーができてしまった。これに気づいて反対運動を起こされた人々の中心になったのはフランス人のカソリックの神父、オシュコルヌという人ですが、もともとフランス人とは景観については厳しい見方をしておりますが、この方が言い始めて京都の市民たちが京都タワーの建設に反対したんです。あれは建築基準法の対象ではないということです。ビルの上に建った構築物だということで遂に建ってしまったわけです。それから嵯峨野へ行く途中の双ヶ岡にビルを建てるというがありましたが、これは未然に防げたんですが、そういう状況でありました。
そういう日本の古都が非常に危険だと。そういう事業を大佛次郎さんは述べながら、それに比べて、例えばイギリスでは歴史的な景観、あるいは自然景観がよく保存されていると。それはどうしてだろうかと考えていたと。たまたまそこに東京にある英国大使館の文化担当の書記官でフィゲスさんという人がおられたそうですが、この方からご参考までにと言ってパンフレットと手紙が来た。それを見てみると、イギリスではナショナル・トラストという運動があるらしいと。これは3人の市民によって100年近く前から始まったことだということが詳しく書いてありました。
私は、この随筆を読んで目から鱗が落ちるような感じがした。ぜひいつか機会があったらイギリスに行って、ナショナル・トラストの現場を見て、それを新聞に報道しようと思っておりました。
それから5年後に、1970年に、もう日本の環境問題がいよいよ深刻になってきた年でありますが、海外諸国はどういうふうにこの問題に取り組んでいるかということを調べるためにまずイギリスへ行きました。そこでナショナル・トラストの本部を訪ねたわけであります。もう30年近くも前のことですが、詳しく取材をすることができました。
皆様ご存じと思いますが、ナショナル・トラストは1895年、日本で言えば明治27年、