このような観点から、地方制度の改革に関する本年度の調査研究結果をみたとき、第3章(松里報告の1)で述べられているような、旧体制下の法秩序やルールが破壊され、しかも支配層の人的連続性も断たれた結果、剥き出しのフロンティアスピリッツ(実力主義)の下での激しい権力闘争が生じているロシア沿海地方や、第4章(松里報告の2)でみるような、旧体制下のエリートを全てパージしてしまった結果、素人による行政運営を余儀なくされ、経済の停滞をまねいたウクライナのハリチナ地方の諸州の例は、体制移行の激情に駆られて旧体制を一気に破壊しようとした結果、むしろ多くのコストを払うことになってしまった例といえるだろう。
他方、昨年度の調査研究でみたポーランドは、憲法の抜本的改正を先送りにすることで、混乱というコストの負担を最小限に押さえた、インクリメンタル(漸変主義的)な改革路線を選択した例といえようし、第5章でみるハンガリーも、旧ソ連・東欧諸国で本格的な体制移行がはじまるより前の1980年代半ばから、既に西欧型の分権体制の整備の準備を進めてきており、そのことにより移行を比較的スムーズに行った国とみることもできよう。ポーランドもハンガリーも、そのインクリメンタルな改革路線のゆえに、着実な体制移行を遂げ、今日ではOECDへの加盟も果たすなど順調に発展してきたといえるかもしれない。
しかし、先に触れたように、社会水準の維持を優先するインクリメンタルな改革は、他面において、改革運動が、その破壊を目指してきた旧体制における「悪」を温存させる可能性も否定できないであろう。前述のロシア連邦における行政府党体制は、水準を下げずに移行コストを縮減しようとして、支配層の人的連続性を保っていると、一面では捉えることもできるのではないだろうか。
5 結語
以上に述べてきたように、本調査研究で対象とした国々は、一応地方制度の枠組ができあがっているが、その下での運用にはまだ問題も多く、それぞれの国に適した安定した地方制度を構築していくためには、これからも試行錯誤による努力が必要であろう。
今後、そのような地方制度の構築がどのような過程を経て、どのような改革を実現してなされていくかは、大いに興味ある課題であり、本調査研究の重要な課題である。より具体的にいえば、急激な改革を指向した国と緩やかな改革路線を選択した国は、いかなる理由でそうしたのか、それぞれの結果ほどのようなものか。急激な改革は理想への大きな接近を試みた反面、大きな混乱を招く可能性が高いであろう。他方、緩やかな改革は、旧体制の遺物を多く残し、それが理想の実現の障害となる可能性も否定できない。スムーズに大規模な改革を成し遂げ理想へもっとも接近しえた国はどこか。
これらは容易に応えることができる問題ではないが、来年度は、このような問題関心から、さらに新たな事例の調査研究を行うことにしたい。
(森田 朗/東京大学教授)