日本財団 図書館


[一般事例]観光農園村の核「観光農園村役場」

埼玉県秩父郡荒川村 日野観光農園村

 

現在:

開村は昭和55年6月。以来12年、当初11軒でスタートした観光農園だが、現在ではメンバーも13軒に増え、扱う作物の種類も増えてきている。

発端:

秩父を通って霊峰・三峰山に登る観光客が素通りしてしまうところだった。観光農園村を始める以前、昔からあった日野温泉という何軒かの鉱泉旅館に釣に来た客や、谷間を流れる渓流に釣に来た客を相手に、シイタケ園やブドウ園を個別にやっていた家はあった。しかし、どうにも客が少ない。いくらいいものをつくってもお客が来ない。その観光客を、なんとかつかまえようというのが、観光農園村を始める動機だった。

過去:

荒川村は、その昔、村の生産物は養蚕が中心だったが、時代の流れとともにだんだんに廃れていった。もともと耕作面積は多くはない。一応、どんな作物でもできるが、特産と呼べるようなメインの作物がない。そこで、生活防衛の意味でも、戦後は徐々に観光果樹園などに切り換える家が増えていった。

内容:

各々零細なので、ろくな宣伝もできない。対応としてグループ化を考えた。

グループ化をする条件

? 作物を作っている家がある程度地域的にまとまっている。

? シイタケ、プドウ、サツマイモ、トウモロコシ、インゲンなど、作っている作物にはバリエーションがあった。

? 長瀞からこちらはブドウ園が一番多いが季節も限られてしまうし、特徴もあまり出せない。そこで、果物以外の野菜も含めて、観光農園村とした。

? グループ化に対して、反対意見は、ほとんどなかった。素通りされてしまう悔しさ、生活に対する危機感は共通のものだった。

? 近場民宿が50軒ほどあり、その1軒1軒にパンフレットを配った。

? 観光農園村の看板も手づくりで、何から何まで手づくりの農村園だった。

? 作物の種類もリンゴ、クリ、キュウリ、イチゴ、タケノコなどが増えた。

? 春はイチゴ、5月にタケノコ、それからトウモロコシ、ブドウ、と続いて、リンゴで終わる。イチゴには力を入れており、ハウスのイチゴは1月から採れる。また、8月のお盆時期から10月位迄の間、切れ目なく採れるようにするためブドウは9種類ほど育てている。

「農園村役場」:

昭和62年4月に、荒川村が農水省の自然活用型の補助を導入して、農園村のいい場所に、「観光農園村役場」を創ってくれた。この「役場」は村営で、管理・運営は村の役場がする。

観光農園村を村おこしの核にするということからできた施設であり、

? 観光農園村へのお客さんの休憩所

? 農園村のメンバーの溜り場や連絡所

? 民宿や旅館の紹介・斡旋などの活動

? 観光農園村以外の村人が作った野菜や果物の直売所

などが設けられている。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION