吐物誤嚥による成人呼吸窮迫症候群:サーファクタント補充療法が奏功した一例
北海道・旭川医科大第3内科 西野徳之・大西浩平
北海道・市立札幌病院外科 青木貴徳
要約
吐物誤嚥による成人呼吸窮迫症候群を発症した63歳女性患者に、肺サーファクタント補充療法を行い救命したので報告する。患者は多量の水を摂取後、嘔吐、誤嚥による呼吸窮迫で当院に搬送された。胸部X線写真・コンピュータ断層撮影(computed tomography;CT)所見は広範な両側性びまん性、間質性および肺胞性浸潤を示し、成人呼吸窮迫(障害)症候群(adult respiratory distress syndrome:ARDS)と診断した。人工呼吸管理と高濃度酸素療法にもかかわらず動脈血肺酸素分圧比(a/APO2)は0.19と高度の右左短絡を呈し、治療後36時間でも改善がみられないため、人工サーファクタント300mgを気管支鏡下に各区域支に分割注入した。注入後12蒔間でa/APO2は0.34、18時間で0.60と上昇し、酸素濃度は12時間で54%、18時間で40%、36時間で30%に減少でき、また胸部X線・CT所見も改善した。
Key words:?@aspiration、?Asurfactant replacement therapy(SRT)、?Badult respiratory distress syndrome(ARDS)
成人呼吸窮迫症候群(adult respiratory distress syndrome;ARDS)は高度の低酸素血症を伴った原因の異なる、多くの急性、びまん性、浸潤性肺病変に対する記述的用語である。この用語が選ばれたのは、成人におけるこれらの急性疾患が、臨床的にも病理学的にも、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)と似ているためである。RDSでは肺の未熟性に基ずく肺サーファクタントの欠乏が一次的原因であるのに対し、ARDSはその基礎疾患の種類に関わらず、肺胞・毛細血管膜の傷害が病態の中心を占める。すなわち肺胞腔に血管より液体、高分子物質、細胞成分などが侵入し、肺サーファクタントの不活性化、あるいはフィブリン網に取り込まれて消費することによっておこる進行性呼吸不全である。したがって、RDSにおけると同様、肺サーファクタント補充療法は理論的アプローチである。
われわれは、大量の水摂取後、大量の吐物の誤嚥によるARDS症例を経験し、人工呼吸管理・高濃度酸素療法によっても改善を示さなかった時点で肺サーファクタント補充療法を行い、救命した症例を経験したので報告する。
症例呈示
症例:63歳、女性。 主訴:呼吸窮迫、意識障害。現病歴:心気抑蟹の診断のもとに某病院精神科に入院していた。ほとんど臥床しており、自力による体位変換は不可能であった。理解力はあるが、自発語はほとんどなかった。
1994年8月9日に外泊し、多量の水(約1l)を飲んだ後就寝した。翌朝、多量の水様性胃内容物を嘔吐、同時に誤嚥し、呼吸窮迫の状態で発見され、
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