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ヘリコプターによる救急搬送の実際

次に、実際どのように航空機搬送が決定され遂行されるかをシミュレーションしてみよう。事故(病人)発生と覚知、われわれ第一線の一次医療、さらにヘリコプター要請などにかかわるさまざまな人の動きから救急搬送の成り立ちを検証してみる。

(1)患者の搬入(患者1人、消防隊員3人)

患者は、夜中の12時に交通事故で腹部損傷を起こした。消防署へ通報があり、救急軍が出動。消防隊員は救急車に2人が乗車、さらに1人が消防署に待機している。

(2)病院へ搬入(医師3人、看護婦7人、放射線技師1人)

患者は重症である。当直看護婦2人がすぐに当直医師と他の2人の医師を呼び、さっそく治療を開始した。加えて救急軍の音を聞きつけた看護婦が、連絡をしなくとも自発的に治療に参加する。その数5人。放射線技師もX線・CTの用意をする。

(3)搬送の準備(病院事務4人)

治療を進めるうちに、当院では救命が難しく、島外搬送が必要と判断。この時点で、搬送の事務手統きのため事務職員を招集する。

(4)搬送先病院の決定(札幌医大医師3人)

電話で札幌医大救急集中治療部へ受け入れを依頼。当直の医師が受け入れを快諾してくれる。さらに2人の医師がヘリコプターに同乗してくれることになる。

(5)輸血の用意(供血者5人、検査技師1人)

採血では貧血がある。超音波・CT検査から、腹腔内出血と診断。搬送までにはまだ時間がかかるため輸血を用意する。離島では緊急時に血液センターからの供給を受けられないため、生血輸血をせざるを得ない。夜中だが、輸血者リストから5人を選び電話で供血を依頼する。輸血の適合を検査技師が行う。

(6)事務手続き(利尻町役場3人、宗谷支庁2人、北海道庁防災消防課5人、道警1+α)

当院からの搬送依頼は、ファックスで利尻町役場、宗谷支庁、北海道庁防災消防課、道警へ伝えられ、その当番がさらに必要人員を招集する。

(7)搬送決定(道警6人、陸上自衛隊当直2人+飛行隊8人、航空自衛隊当直2人+飛行隊16人、丘珠空港5人、稚内空港5人、気象台5人)

搬送は、まず道警へ依頼する。天候調査から飛行の準備にかかるので、当直のほかにパイロット、整備士、通信士など5人が招集される。このケースでは、飛行不可と判断され、次に陸上自衛隊へ再要請する。ここでも飛行準備のため8人が招集される。しかし、再び飛行不可と判断され、航空自衛隊へ再々要請。やっと、飛行可能の返事が出る。
千歳基地を離陸したヘリコプターは、一度、丘珠空港で札幌医大の医師をピックアップする。途中、天候調査のため、稚内空港、気象台の担当者が交信をしてくれる。

(8)搬送出発準備(患者家族10人)

患者の家族・親戚が集まっている。ここで、航空機搬送することを説明し、同乗者1人を決定する。患者の出発準備のため、点滴と酸素、血圧計など必要物品を揃える。もちろん、状況説明の紹介状と持参のCT写真、XPを急いで用意する。

(9)空港までの搬送(警察2人、町助役1人)

いよいよヘリコプターの到着時刻が迫る。病院から空港まで救急車で約15分間。医師1人、看護婦1人が同乗する。これをパトカーが先導し、続いて家族、病院事務も伴走する。町役場からも、担当者3人と町助役が自衛隊へ搬送の礼を述べるために同行する。

(10)空港で(空港職員5人、気象台1人、消防隊員1人)

空港にも職員が駆けつけて、ヘリコプターの離着陸の用意をしている。気象台職員1人、万が一のための消防車も用意されている。

(11)ヘリコプターの到着(写真1)

多くの関係者が見守る中、暗闇の中にヘリコプターのライトが星のように浮かび上がった。まもなく、耳をつんざくような爆音とローターの爆風とともにヘリコプターが舞い降りてきた。

中から札幌医大の2人の医師が降りてくる。患者の容体と現在までの処置・治療を耳元で大声で伝える。爆音で細かな説明はできないため、「後は紹介状を読んでください」ということになる。患者が載った担架をヘリコプターに搬入する。ものすごい爆音と風である。患者に風や小石があたらないように毛布で顔を包み込む。ハッチが閉まった。

夜明け前の空港では総勢30人ほどがヘリコプターを見送っている。ローターの音がさらに大きく捻り、大きな機体がフワリと浮かび上がる。見送る者たちの心は一つである搬送の道中(空中)の皆さんの無事をお祈りします。そして患者さん、早く元気になって島へ帰ってください、と。ヘリコプターはきびすを返すようにさっと飛び去り、空港には何もなかったように、静寂が戻った。

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