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てその健康指標とする考え方を提唱した。WHOも老化の疫学に関する専門家会議(1984年)において、健康の操作的定義と測定が困難な高齢者に対しては、生活の自立性(Autonomv)を健康指標とすることが有効と提言した。これらの考え方は、心身ともに健全であることを健康の指標とした従来の立場とは異なり、何らかの疾患を有していても、そのために日常生活の自立性が脅かされていなければ健康であると考える立場である。

人間の活動能力を概念的に体系化し、高齢者の日常生活の自立性測定への端緒を拓いたのはLawtonである。彼によれば人間の活動能力は、(1)生命維持、(2)機能的健康度、(3)知覚-認知、(4)身体的自立、(5)手段的自立、(6)状況対応、(7)社会的役割の7つの水準からなり、各水準は序列をなしているという。今回の筆者の検討(以下、本検討)では、高齢者の社会的生活機能を構成する各ADL関連項目における有障害率は、身体的ADLから咀嚼会話、対外交渉、手段的ADL、知的能動性の順に高くなる階層性を示し(図1)、Lawtonらのいう上記(4)〜(7)の水準の活動能力を反映していると考えられた。

障害老人のADL測定法として標準的に用いられている厚生省障害老人の日常生活自立度判定基準と、本検討におけるADL関連項目とを比較すると、同基準のAランク以下は、本検討での身体的ADL障害的に、同基準のJランクは、本検討での対外交渉以上の水準での障害者に、それぞれ該当すると考えられる。

しかし図1から明らかなように、厚生省基準でほぼ自立と判定される高齢者であっても、知的能動性など、比較的高次の社会生活機能の障害は既に存在しており、例えば知的能動性の障害は60歳台でも3割程度に認められる。このことは、高齢者の社会生活機能の障害を考える際に、知的能動性のように老年期早期から現れる高次の機能の障害、身体的ADLのように老年期後期まで現れ難い低次の機能の障害、そして手段的ADLのようにその中間的傾向を示す機能の障害をそれぞれの水準で測定し、それらを複合して評価することの重要性を示している。

高齢者のADL測定尺度には、Katzらの身体的尺度、Lawtonらの手段的尺度、Pfefferらの機能的尺度など、各ADL水準のみの測定を目指した尺度が既に開発されているが、老人のADL全体を包括的に捕らえようとした複合的尺度は意外に少ない。わが国では古谷野らが、大都市近郊住民を対象とした調査をもとに、手段的ADL以上の水準のADL測定を目指す老研式活動能力指標を開発したが、本検討のようなへき地在住高齢者を対象とした調査に基づく報告は見あたらない。

本検討の結果を、古谷野らの調査結果と比較すると、調査項目の内的因子構造や無答率には差がないものの、通過率には表6のような差が認められた。これらの差異の成立には、ADL自体の障害のほかに、へき地と都市部での商業資本の充実度の差や、都市部に比べてへき地では比較的健在な伝統的共同体組織やこれを基盤とする情緒的相互支援関係の濃密度の差など、多様な社会生活的因子の関与が推察されたが、詳細の解明は今後の課題である。

本検討では、各ADL関連項目の障害に対する対象の属性事項の影響の強さについても検討を加えた。その結果、各ADLにおいて対象が高齢になるほど、そして配偶者のいない高齢者ほど、有障害者の割合が高くなり、同居状況との関連でも、対外交渉や知的能動性に比べ、手段的ADLにおける障害の優比が高いことが明らかとなった。このことは、障害された活動能力の代行を同居家族に求め、同居人に依存することにより手段的ADL機能の低下を補完している高齢者の姿をうかがわせた。Lawtonは、先に述べた社会生活機能の体系の中で、手段的ADLを、身体的ADLより複雑で特定の身体的動作との結びつきを欠くものと位置づけ、具体的な測定項目として買い物や家事などを例示した。

Fillenbaumlzによれば、手段的ADLは地域での独立した生活を維持するうえで必要不可欠の能力であり、この能力の低下は生活の自立性をおびやかし、適切な援助が得られなければ、早晩身体的ADLの低下へと繋がり得るという。

本検討が行われた、いわゆるへき地と呼ばれる地域においては、援助者である同居家族自身も高齢者である事例がすでに高率にみられ(筆者らの実態調査では同居家族の23.1%は65歳以上の高齢者)、現時点での高齢者の社会生活機能の自立は、危ういバランスの上で辛うじて維持されているものと思われ。今後の楽観は許されない状況にある。従来の保健医療福祉計画策定に際しては、身体的ADLの障害とは別に手段的ADLの障害が取り上げられるこ

 

 

 

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