
何とか特効薬空輸
製薬会社の東京本社の担当の方にもう一度最初から状況を説明します。
「この患者さんを救うためには、この薬が絶対必要なのです」
「わかりました。この患者さんには特効薬になるかもしれません。特別に提供させていただきます。ただし、使用に際しては十分に説明の上、ご家族に了承をとってください」
この時点で夜九時。製薬会社の方も遅くまで付き合ってくれました。
翌日東京−稚内直行便で「特効薬」は空輸され、稚内−利尻の飛行機に乗り継ぎするはずでした。ところが直行便の到着が遅れたために、荷物の乗り継ぎができなくなってしまいました。しかし、製薬会社の代理店の方が稚内で待機していて、すぐに薬を最終便のフェリーに乗せ換える手続きをしてくれました。
予定より4時間遅れにはなりましたが、無事薬は到着し、さっそく患者さんへ投与。夢の薬が夢ではなくなりました。人工呼吸器をつけていても苦しそうな呼吸がみるみるうちに楽になっていきました。奏功したのです。
分析の装置もなく
それでもまだ、治癒したわけではなく、単に好転したにすぎません。肺炎の改善を確かめるにはエックス線写真だけではなく、酸素の取り込み状態を調べることが不可欠です。でも当院にはその器械、血液ガス分析装置がないのです。30キロ離れた道立鬼臓病院にお願いをして測定してもらうことになりました。当病院の事務長自ら、測定にかける患者
さんの血液の運搬役を買って出てくれました。
その後も生命の危機を何度か乗り越え、ようやく肺炎は治り、1ヵ月で退院できるまでに回復しました。
患者さんは6月14日のこの欄で書いた強い星をもった赤ちゃんのおばあちゃんでした。
このケースについて、西野院長は「患者さんはヘリコプターによる搬送に耐えられない状態。しかも利尻島でできる最善のことをやっても助かる可能性は少ない。万策尽き、札医大の先生と相談している中で出てきたのが、保険は効かないがこの特効薬(東京田辺製薬のサーファクチン)を使ってみることだった」と振り返る。
保険が効かないということは、医学的に評価が確立していない意味もある。効果があるかどうか、使ってみなければわからない状態だった。
離島だったため、1人の命が救われるまで、稚内で待機した代理店の人をはじめ多くの人手が必要になった。がけっぷちを走るような切迫感が感じられるが、西野院長は「もう一度同じ症例があっても助かるかどうかわからない。今回も薬の到着が一晩遅れたらだめだったかもしれない。必ずしもこの薬だけで助かったわけではないが、なければ治療はさらに困難を極めただろう。こういう切迫した例は離島でも特別なケースだが、後遺症もなく助かってよかった」と言う。この事例は今年2月、大阪市で行われた日本集中治療医学会でも報告された。
(編者注)北海道新聞平成7年8月23日より
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