

薬の名前だけでも答えられないと古賢にかかわると「今忙しいから、あとでちゃんと書いてあげますから」と言って逃げた。「先生、目の中にゴミが入った、とって下さい」「此処は眼科がないから眼科に行って下さい」「これでは何も見えないから、眼科に行きたくても行けません」結局目の中のゴミをとって帰した。
耳鼻科も来る。実習のことを頭に浮かべて耳鏡を覗き、軽症なら仕方なく当院で処置を行う。軽症なのに遠くまで行かすのはプライドにかかわる。重症は一応内服を併用して様子をみる。皮膚科も来る。幸いアレルギーを長年勉強してきているから、皮膚科では慌てない。八坂村に来ると、私は大阪でどれだけの患者を見て来たと威張るよりも、一人でも多くの患者さんと親しくなり、その体質を早く知り尽くすことが一番である。
医師の仕事は時間で始まり、時間で終わることは出来ない。24時間村民と付き合わなければならない宿命にある。これが出来ない様では無医村では勤まらない。お蔭様で検査に頼らずに症状をより細かく観察し、患者の病状をより詳しく分析することが出来る様になった。まことに恥ずかしいことですが、『田舎医者』と軽蔑していた私自身が恥ずかしい。その代わり今までになかった自分の一面を見出すことが出来た。
曾て精神神経科でどんなに大変な研究をして来たかは此処では問題ではない、そんなことより、私がこの山村でどれだけ村民のために役立ったかが、現実に大切なことである。自分の専門が山村では殆ど役立つことはないが、それよりも、各科のプライマリ・ケアが大切である。所謂初歩的診断とそのなすべき手当をより正確に行うことである。専門を言い張ることはない、昔の自慢もいらない。要は親身になって村民の要求をどれだけ満たしてあげられるかが問題です。『過去よりも現在』『自慢よりも信頼』『専門よりも雑科』と言うのが実感です。
(八坂村国保診療所〒399-73長野県北安曇郡八坂村11648番地)
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