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ですから、主に物質的なモノをつくりあげることで日本の富国というものが可能であると思われていた。そういう気分のなかにサービス業のような旅行業という概念を入れようとしたわけですから、ほとんど反応が得られなかったわけです。
そのため、この喜賓会は一種の友好団体といいますか、親睦団体という感じのままで終わるのですが、しかしこの喜賓会は実は外務省の代わりのような役割をしておりました。外国から賓客が訪れる場合、今の外務省のように儀典課というような業務が確立しておりませんで、外国の大臣クラスや首相クラスの大物がやってきても接待するノウハウをもっていないわけです。それで喜賓会のメンバーは、外国体験が非常に豊富な人たちであるということで、外交上のほとんどの賓客は彼らがもっているノウハウで受け入れが行われていました。
喜賓会は産業を目指して、旅行を通じた営利企業を目標にしながら、実質は外交をやっていたのです。外務省の代わりに外国人の賓客の接待、日本での公式行事の多くも彼ら喜賓会のアイデアでもって行われていたということがたくさんあったわけです。おそらく、ここに国際観光の一種の原点というか、発想の原点があるだろうと思うのです。一方では、やはり古いイメージですが外交、つきあいです。もう一方では、やはり単に与えるだけ、サービスするだけではだめでして、やはりそれなりの産業的、企業的な見返りがなくてはいけないだろうというふうに思うわけです。
喜賓会の活動は、結局、主に外交を中心の活動で終わるのですが、この喜賓会が解散するころ、ちょうど明治の終わり、明治45年(1912)にJTBという組織ができます。これは、先ほどジャパン・ツーリスト・ビューローと申しました組織でして、戦後はジャパン・トラベル・ビューローという今日のJTBに引き継がれるわけですが、最初の組織のTはツーリストでした。この組織をつくろうと言い出したのは鉄道省、後の国鉄です。それ以外に、日本郵船とか帝国ホテルとか南満州鉄道とか、当時の日本のいわば基幹産業の部分もあるけれども、旅行に関係しそうな交通機関の企業と宿泊関係、それらがつくろうとしたわけです。この時点で、おそらく旅行を一種のビジネスと考える発想がかなり広まったのであろうと思うのです。
ただ、これも多くはやはり国策というイメージがありました。結局、旅行というのは、公営・国営でやらねばいけない。大事なのは外国からやって来るお客さんに粗相のないように、失敗のないようにやるという、とくに今では国際観光といいますが、海外からのお客さんに対してどのようにうまく接待を行うかということが中心であったわけです。ですから国策であり、公共事業であり、国営・公営事業ですから、先ほど申しましたように、明治末にできながら、ちゃんとした営利企業として成り立つには時間がかかり、大正の末から昭和の初めを待つしかなかったわけです。
ただ、日本の場合は、日本の国内旅行に関してはずっと長い伝統、旅行業の長い歴史がありまして、これもよくご存じだと思いますが、日本の旅行業の元祖は、おそらく伊勢の御師(おし)といわれる人たちだろうというふうにいわれております。この伊勢の御師は、これは詳しくは述べませんが、伊勢の参詣をする人たちに、いわば彼らの足、すなわち交通機関あるいは移動のサービス、それと宿の手配をするという二つのことをしておりました。足と宿というものを快適に、気持ちよくサービスできるか、どう提供できるかというのが、旅行もしくは観光のいちばん大事な基本であると思いますが、この手配をしていたのが伊勢の御師といわれる人たちです。
驚くべき数字なのですが、江戸中期、18世紀の半ばで、600〜700という御師がいたというのです。一人の御師がいろいろな地方を分担しておりまして、お客さんをもっています。一人が何百、何千という家をもっているわけです。お客の全体の集計は、ある計算によりますと、江戸中期で419万戸。419万の家を顧客としてもっていたのです。600〜700の御師がいて、それが419万戸の顧客をもっていた。一つの家には、今のように核家族ではありませんからかなりの人数がおりまして、単純計算で当時の人口の7割ぐらいは伊勢旅行に待機していた。江戸中期に日本国民の7割は、少なくとも一生に一度は伊勢への旅行をしたいと思っていたというふうにも想像できるわけです。これを考えますと、日本は旅行王国であったということもいえると思います。
国内旅行については、そういう手配があるのですが、国際旅行、つまりそれが近代的な旅行業になると、あまりにも目的が特化しすぎていて、あらゆるニーズに対応するという姿勢が生まれにくかった。それが、やはり日本が開国して、外国との接触ということが起こって初めて生まれてきました。その初期の形態が喜賓会です。しかし結局

 

 

 

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