
空を怖いというふうに表現した友達、あるいは夏の田植え時期にうちで寝ておりますと、うちの家の周りは全部田んぼでございますからカエルの輪唱が起こるわけですね。田んぼから田んぼに向かってガアガアとカエルが鳴く。それがもううるさくて寝られないと言って文句を言った友達の話が載っております。
彼は兵庫県の尼崎というところから来た友達でございました。光化学スモッグで子供の頃から余り星を見たことのない友達だったんですね。で、音に関しても近くをトラックが通っている。騒音がもうすごくひどい。その中では寝られるのに、自然のカエルの声の中では寝られないというそういう友達です。
僕等にとって見れば、満天の星空も、カエルの声も当たり前で、僕等はその自然の中からいわゆる自然の側から季節の変り目とか自然のすばらしさというものをメッセージとして受け取って大人になってきました。これを当たり前と思っていたのに、それを当たり前と感じない人間が日本にはまだいっぱいいる。育ち方によっていろいろいる。こういう人達に、本当の人間の生きる場所、我々が安んじて心よく生きていける場所がどういうところなのだろうかということを言いたくてこういう文章を書きました。
僕は漫画家ですのでそんなに難しいお話はできませんが、論文のようなことは言えないんですけれども、補足させていただいてもう1つ、これもよくお話しさせていただくことなんですが、漫画家として初めて東京に行きまして編集部に行きました。
集英社という雑誌社の編集部に松沢という僕の友達がおりまして、担当をやってくれている昭和30年生まれの同い年の男なんですけれども、彼は僕が漫画家になって東京に行くたびに、「かぜさん、とにかく東京へ出ておいでよ。東京はおもしろくて、もう毎日どこに行っても映画は見られるし、演劇は見られるし、遊ぶところはいっぱいあるし、もうほしいものは何でも手に入るし、自動販売機はいっぱいあるし、楽しいからもう出ておいでよ。なんでそんな山口県の田舎の、人口が2万3千しかいないような、特急も止まらないようなところに住んでいて、何がおもしろいの。出ておいでよ。」ということを、もうしょっちゅう行くたびに、言うわけです。編集部で打ち合せをした後、六本木とか何とかいうところに連れて行ってもらって接待費で落としてもらって飲むわけですがそのたびに言うわけですね。「出ておいでよ。こういうおねえちゃん達と毎日会えるよ」というような話をするわけですね。
僕は男ですからある程度内心羨ましいなとは思ってましたけれども、1週間、例えば漫画の仕事で缶詰とかなりますともう居られないんですね、窮屈で。本当に、今日僕は日頃着ないスーツというものを着てますけれども、これを着てるように、もうどこか動きにくいんです。いわゆるぶら下がりの既製品の服を着せられているようで動きにくく、そういう窮屈感が都会にありましす。で、僕は田舎育ちで、田舎で、田舎の空気で育っているから、都会は合わないからどうか田舎で仕事をさせてくれ。田舎
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