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誠心を信頼せず、徴税、雇用、民営化などの戦略的な課題については自前の出先機関を市・「地区」レベルにまで開設した。1993年憲法によっていまや「国家」と認められた州も、自治体の忠誠心を信頼せず、連邦政府と同じように自前の出先機関を開設して、それに州の業務を担わせようとしている(ただし、これについては、州ごとに大きな差がある)。

しかし、このような「脱フランス型」の行政機構改革も、様々な矛盾や逆揺れを孕むものである。たとえば、連邦職員が行なう防疫、警察などの業務の大半は、市・「地区」レベルの権力の指揮下で行なわれるものである。たとえば警察業務のうち連邦が責任を負うべき犯罪捜査(アメリカ合衆国とは異なって連邦規模の刑法典が存在するロシアにおいては、犯罪捜査は連邦の業務であると考えられている)は30%程度であり、残りは地方的な意義しか持たない衛生、社会秩序維持などの業務である。こうした業務の遂行においては、連邦職員たる警察官は「行政的には連邦政府に従属するが、機能的には市・『地区』行政府に従属する」と定式化される。以上は法律上の問題であるが、実態上はロシアの行政機構の遠心性はもっと著しい。徴税、雇用、民営化などを担う連邦機関は、実際にはかつてのソヴィエト執行委員会組織を割って創出された場合が多いのである(それ以外に人材の獲得のしようがない)。そのため、市・「地区」行政長官が長期政権を保っている場合には、かつてソヴィエト執行委員会で一緒に働いていたころの人脈が保たれているため、連邦職員に対しても一定の影響力が行使しうる。

そのうえ、税務署機構(ナローゴヴァヤ・インスペクツィヤ)に見られるように、ソヴィエト執行委員会からいったん切り離されて連邦機構とされたが、再びそれを地方行政府の一部局としようとする逆揺れの制度改革が検討されている例もある。これは、おそらく国家の財政危機の原因が変わったためである。つまり、1993年までは地方権力の税上納拒否のため財政危機が引き起こされていたのに、こんにちにおいては個々の納税者の所得の補足の弱さゆえに税収が不足しているためであると考えられる。税の上納を中央との政治的な取引材料にすることがしばしばであったソヴィエトが廃止された以上、個々の住民を熟知した地方行政府に徴税業務を移して税収確保を図ろうとするのは当然の政策である。

 

4 帝政期の地方制度

帝政期、特に1890年前後の反改革以降のロシア帝国の地方制度を図表5に示す。この図が示すように、帝政期の地方制度は、管区レベルまでの二元制(国家官僚制とゼムストヴォ)と、郷以下の基層一元制(農民自治)によって特徴づけられた。

大改革期においては、ゼムストヴォは、ドニエプル川より東、ウラル山脈より西、ドン川より北の34県にしか導入されなかった。シベリア・中央アジアにゼムストヴォが導入されなかったのは、そこに住む諸民族がまだ文化的に低い段階にあると考えられたため

 

 

 

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